尾崎真奈美の天使語同時通訳します

介入の難しさ

自殺するって言う人に対しては、誰もが止めるだろう。
100人中99人は止めなくてはいけない、と思うだろう。

安楽死については状況にもよるけど、いろいろ意見が分かれる。
精神的な安楽死について悩んだことがあった。
これに関しては危険だからここでは言及は控える。

しかし、じゃあ、うつの人について、引きこもりの人について、介入すべき?
病的レベルなら介入すべきではないか。
確かに。
でもその、病的かどうかってどこで判断するの?
専門家の査定?
専門家でも意見が別れることも多いよ。
症状が同じでも個人の資質や環境でも経過はずいぶん違うものだし。
さあ、どうする?

本人のあり方を尊重するっていうかかわりもある。
臨床心理学の基本的な姿勢だ。
どのような状態であれ受容していく。(肯定じゃないよ!)
でもそれは、自他を傷つけないという前提のときのみだ。

もし本人が引きこもって満足して自分の世界に浸っていたらどうする?
誰も、傷つけてないじゃないかといわれたらどうする?
自己責任だしと居直ったらどうする?

世界に出てみたらもっとすばらしいよ!
というのはおせっかいなのだろうか?

本人のあり方を尊重したいと思いつつも、いいのかな・・・と思ってしまう。
このあたりのバランスは非常に難しい。

基本的には本人が一番自分のことを理解しているのだと尊重しつつ、あまりにも偏って見えるときには強制的な介入もやむをえないのかもしれない。
そのとき嫌われてもあとで感謝される場合だってあるだろう、と思いたい。
しかし、状況がそれでよくなっても、ほかで違った症状が出てくる場合もあることを思うと、引きこもったりうつになったりする時間というか経過がどうしても必要なのかもしれないと思うこともある。

そうなると、黙って温かく、見守りつついくしかない。
介入しすぎは、価値観の押し付けといわれる。確かにそうかも。

小さな頭であれこれ考えても埒が明かないときには、大いなるものの流れにまかせてみると言うのも、一理あるだろう。

それでも地球は回っているというか、お天道様は上ってくるというか。

コメント

投稿者: フォトン

元ひきこもりの意見としては・・・

>世界に出てみたらもっとすばらしいよ!
>というのはおせっかいなのだろうか?

うん。。。おせっかいですね。
なんらかの理由で外に出られなくなっているのだから、次に外へ出るのは、自分のタイミングじゃないと、ほとんどはまた元に戻ってしまう。

大いなるものの流れにまかせる、に一票かな。
この世界の法則に「変化」があると思います。
どんな人も、ずっとそのままってことはないと思うのです。
いつかは歩き出す時が来る。

2009年03月21日 16:59

投稿者: Michelle

フォトンさんの最後の2行に胸が熱くなりました。

2009年03月21日 20:18

投稿者: まなみん

ええ、涙が出そうですね!

2009年03月22日 17:11

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プロフィール

尾崎真奈美尾崎真奈美

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。ペンシルバニア大学医学部精神科、東京大学医学部公衆衛生学研究室などを経て、現在相模女子大学人間心理学科准教授、米国サーチインスティチュート、スピリチュアリティ発達センター客員研究員。
インテグラル心理学・スピリチュアリティ論・芸術療法などを教えながら研究、ダンス、執筆活動を続け、科学と芸術の統合を試みる。
天使語同時通訳は日々のインスピレーションの書き散らしである。
国際生命情報科学会、日本トランスパーソナル学会理事。日本心身医学会、日本トランスパーソナル心理学・精神医学会、国際ポジティブ心理学会会員。

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