
最近、科学的方法論や理科系的な発想・モデル化の切り捨ての美しさに魅了される。
科学になぜひかれるのか、それはすごく単純な理由。
美しいからだ。
理論やモデルの、透明感のある澄み切ったきらきらした整然とした美しさ。
これは言葉で表現できない。
かろうじて音楽や踊りになる。
私がなぜ学術研究をするのか。
緻密でも論理的でもなく、調べ物も大嫌いで人に説明するのもめんどくさい人が。
それはただ、真実の美しさに魅了されているにすぎない。
人助けになるとか、社会・人類に貢献したいからなんて言う理由はあとからついてきたことにすぎない。
ただ、美しいからだ。
それは甘美な快感であり、エクスタシーであり、何にもかえがたい喜びの源泉なのだ。
私にとって踊りと研究はそういう意味で同じだ。
面白いことに、理論やモデル構築をしていると、その美しさの感動が身体に広がってくる。
心が震え、涙が伝い、全身全霊でこの美しさを賛美したくなるのだ。
この究極の、深遠な静かな澄み切った世界をどう言葉で表現したらよいのかわからない。
言葉もなく、ただ、私はここにいる。
>心が震え、涙が伝い、全身全霊でこの美しさを賛美したくなるのだ。
野に咲く木々や花々、野生の動物たちは存在していてただただ、全身で概念を超えた美しい真実の世界を讃美しているように見えたりします。存在する物質の核と中性子もこのような美の力で引き合っているかのように思えます。(何かしら言葉たりませ~ん)いろんな問題があって見えるこの宇宙や地球もただただ想像を超えた燃えるような清らかな美しさ(またまた言葉探せませ~ん)でその均衡を保たせているように思えます。科学や必要な新しい知識はすべて完ぺきに存在していて美しいのでしょうね~、きっと!(実はすべて発見されていない美しい真実が頭の上あたりで踊っていたりして~!)う~ん、感覚を言葉にするとよくトンチンカンになりますの~。ということで、意味不明な書き込み失礼しました~。とにかくまなみんの理解は私の許容範囲を超えてますが・・・感覚的な共感というか、感動があります!
2009年05月31日 23:45
まなみんさま、はじめまして
奥先生との共著などいつも拝見しています。もちろん、「魂の恋愛」も(^^;)
モデルの美しさ、ウィルバーの4象現モデルや、意識のスペクトルを初めて知ったときの感動は確かに「美しい!」というか、言葉にならないエクスタシーと言うか、あたまの殻がはじけ跳んで行ったような感じというか、、、音楽や踊りになってしまう感覚よくわかります。
そういう感動やエクスタシーがあるから、人間はさらに進化していくのだろうなー
なんてことをちょうど考えていたところだったので、trbさせていただきました。
ではでは!
2009年06月04日 13:31
病気で苦痛ばかりの時が過ぎて快癒に向かう時、
いつの間にか、光が燦燦と降り注いでたまらなく
美しい季節がやってきました。
花もいっせいに咲き乱れ光をうけ
全身全霊で創造者を賛美してうちふるえ、
木々はそよ風にそよいでうねり、
光と影を流線型に描きます。
それを眺めていると体の芯から脳までびりびりと
届くような陶酔感や恍惚感を感じます。
自然界はこのままで既に十分美しい!
楽園のなかにいる事を感じます。
世界はなんて美しいんだろう!本当にそのとおり!
視点を光の源にあわせるなら!
永遠に生きたい。死にたくない。
そう思います。
どうして人間だけ永遠に憧れ、
なんとかずーっと生き続けたい!
と切なる願いを抱きつつ苦痛にうめいているのか?
事実からすると、人は分解され土に返る。
これは誰もが知っている厳然と
した事実です。科学的でもある。
この現実と願望との葛藤をなんとか解消したい!
ということで、人々は魂の不滅とか輪廻とかを
後から考え出した。いまだに証明できない点で
全然科学的じゃないし、矛盾している。
多くの人は、意識している部分では死んだら
無になることを認めながら、心の底、
無意識の部分ではそれではあんまりだから
自分の中の何かが生き続ける願望を捨てきれない。
でもはっきりいってこれは後から人間が考え出したこと。
人間の創り主は人間が死ぬとどうなるか聖書の中で
はっきり述べておられる。
伝道の書9:5・6
生きているものは自分が死ぬ事を知っている。
しかし、死んだものには何の意識もなく、
彼らはもはや報いを受けることもない。
なぜなら、彼らの記憶は忘れ去られたからである。
またその愛も憎しみもねたみも既に滅びうせ、彼らは
日の下で行なわれるどんなことにも、定めのない時に
いたるまでもはや何の分も持たない。
それでは人間には希望がないのか?
科学の立場から人体を調べると
人間の脳は1400グラム程で1000億のニューロンで
出来ており、2000万巻の書物を満たすほどの能力が
あるそうです。残念なことに今のところ
その能力はほとんど発揮されていないけれど、
将来的には完全性に引き上げられて想像以上の能力を
発揮する時がくると約束されています。
聖書はこの辺をうまく説明していて。
私たちは始め完全に造られたが自ら不完全になった
と述べています。
そのみ業は完全・・・彼らは自ら滅びとなる事を行なった。
32:4・5申命記
自らの悪行ゆえに完全であった遺伝子に悪影響を与え
罪を入り込ませたと記されています。(詩篇14:1)
車に例えるならまっすぐ運転しようとしてもハンドルが
ぶれてまっすぐ運転できない
ことに例えることが出来るかもしれません。
今私たちは不完全です。
どうすれば相対的に罪(=死)から逃れることが
できるでしょうか。ローマ8:13にこう述べられています。
肉にしたがって生きるなら、あなた方は必ず死に至るから
です。しかし、霊によってからだの習わしを殺すなら、
あなた方は生きるのです。
イエス・キリストの精神の意向、霊に答え応じ、不完全で
あっても悪行と真正面から戦うことが勧められています。
そうして将来は啓示21:4節に述べられているように
また神は彼らの目から全ての涙を拭い去ってくださり、
もはや死はなく、嘆きも叫びも苦痛ももはやない。
以前のものは過ぎ去ったのである。
人間が落としてしまった完全性をわざわざまたもとに
戻してくださるという素晴らしい約束をして下さって
います。
では今何が出来るでしょうか。ヨハネ17:3節にあるように
彼らが、唯一まことの神であるあなたとあなたがお遣わし
になったイエス・キリストについての知識を取り入れること、
これが永遠の命を意味しています。
まずは先入観にとらわれず、自由な立場で聖書の正確な知識を取り入れることは重要かと思います。
2009年06月04日 23:52
主婦様
言葉にならないけど、よ~くつたわってきますよ・・・
hidew様(なんてよむの?)
ようこそ。そうなんですよね~
気持ちよく進化して行きましょ。
lampさん
苦痛を楽しめるのが人間だと思います。
それは究極の光が見えてるから。
2009年06月05日 06:24
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
