尾崎真奈美の天使語同時通訳します

夢見るエクスタシー

宗教学的に言うとエクスタシーとは脱魂を意味するらしい。
今、漢字変換で「抱っこ、ん〜」とでたので笑ってしまった。
そう、抱っこしてもらった気持ちよさに、ん〜〜んって言うのがエクスタシーだ。

昔はこのエクスタシーという身体的快感を求めて少しずれてしまった人たちが多くいたらしい。
あまりにも気持ちがいいために、抜けられなくなってスピリチュアリティの本質を忘れてしまう人たちもいたらしい。
魂が抜けるとは忘我だし、恍惚だし、解離だし、変性意識だし。
理性は働かなくなるからだ。

私はこれを魂の休息あるいはお里帰りだと思っている。
たまに疲れたときに憩うからいいのであって、いつもだとあまり生産性は上がらないだろう。
でも、これがないと魂がひからびてしまう。

エクスタシー自体を求めていったらからだにとらわれて危険かも知れない。
でも、究極の一体感は究極のエロスでありエクスタシーであることは、実は多くの宗教体験者が語っている事実である。
悟りは気持ちがいいのだ。
修道女になることをイエスとの結婚といい、左の薬指に指輪をはめて忠誠を誓うのは実は禁欲ではないのだ。
むしろ、最高の甘美な体験の保証なのだ。
このうっとりした気持ちよさを経験したなら、肉体だけの快感など比較するべくもない。

スピリチュアリティはすべてを超越して凌駕している。
素晴らしすぎて夢中になるとバランスを崩して危険であることは警告しても仕切れないほどだ。
夢見るのはどうぞ程々に。

エクスタシーは完全に受動的で、求めるものではなく、必要なときに与えられるものであることもお忘れなく。

一つだけ、どうやってこの快感を体験できるかヒントをお伝えしておこう。

この世的な命を精一杯生ききることによってしかあり得ない。
ドラッグを使ったり山奥に一人こもったりする必要はない。
今ここですべき責任を淡々と果たしていくときにこそ、深い喜びの中でエクスタシーに出会うのだ。

コメント

投稿者: saho

真奈美さん、こんにちは。

前回はありがとうございました。

>今ここですべき責任を淡々と果たしていくときにこそ・・・

日常の生活こそが、一番の気づきなんですね。
納得いくか、いかないかとか、儲かるか儲からないかとか、そういった思考は横に置いて、淡々と、淡々と、取組んでみたいと思えました。

うまく言葉にできないのですが、うっすらと何かが見えてきそうな予感がしています。

2009年10月24日 16:15

投稿者: まなみん

今、ここに埋め込まれている永遠性と幸福、これしかないんですよね~

2009年10月27日 12:20

投稿者: あっきー

7年ほど前にある事でとても悩んでいて、日々もがき苦しんでました。とても辛かったです。ある日の涙の後に、ふと幸せな心境に飛び込んだ。「あ、この心境を持っていれば、なにも恐れるものはない」と思いました。今、「命を精一杯生き、必要な時に与えられる」というのが腑に落ちました。そうだったなあの頃。今はあの頃のように生きているかしら。ありがとうございます。

2009年11月01日 22:49

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プロフィール

尾崎真奈美尾崎真奈美

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。ペンシルバニア大学医学部精神科、東京大学医学部公衆衛生学研究室などを経て、現在相模女子大学人間心理学科准教授、米国サーチインスティチュート、スピリチュアリティ発達センター客員研究員。
インテグラル心理学・スピリチュアリティ論・芸術療法などを教えながら研究、ダンス、執筆活動を続け、科学と芸術の統合を試みる。
天使語同時通訳は日々のインスピレーションの書き散らしである。
国際生命情報科学会、日本トランスパーソナル学会理事。日本心身医学会、日本トランスパーソナル心理学・精神医学会、国際ポジティブ心理学会会員。

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