尾崎真奈美の天使語同時通訳します

よい子神話

よい子が危ないという。
反抗するくらいの覇気があったほうがいいとか。

確かに自我の成熟がなくただただ外側の権威に従順であるというのは危うい。
しかし、見かけ上のよい子(模範的優等生)が悪いとか、反抗期がなかったから問題だとか、そういうことでは決してないはずだ。

心理学の理論は多数決に基づいてるから、多くの人に当てはまるというだけである。
正常の発達モデルを示しているのではない。
理想的環境で育てられてすくすくしたしっかりしたよい子を見る機会が少ないから信じる気にはなれないだろう。
だが、人間はもともと、条件さえ整っていたら激しい反抗などなくともスムーズに健やかに成長していくものだ。少ないけれど、そのような例は確かにあるのだ。

ゆがめてしまうのは、どちらかというと、平凡な大多数をモデルにして作り上げた心理学理論にしばられている親や教師のほうだ。
個人の成長を真摯に観察していたら、不完全で不健康な自分を越えた健やかな発達の可能性が見えてくる。
先入観とか思い込みが健康な人を不健康にしてしまっている。
どこかに、すばらしいものに対するやっかみがあって、引きずり下ろしたくなってしまうのかもしれない。
健康な彼らはたいていそのようなものにはびくともしないんだけれど、やはり長年の間には傷ついてくることもある。
環境を変えてやればびっくりするほど健やかになるのだ。

そのためには大人の側の偏見をのぞく必要がある。
これは長年のうちに身についたものだから意識的に努力しないと無理なようだ。
身についてしまったものを覆すのは、新しく教えることより何倍も難しい。

クリスタル・チルドレンを見ながらつくづくそう思う。
私の使命はたぶん、これを実証していくことなんだろうと思いつつ。

コメント

投稿者: H

なるほど。確かに偏見をのぞく必要がありそうです。
しかしながらもう一つ大事な点があるとは思いませんか?それは理想的環境で成長した人には歪んだ愛で育った人を理解しきれない人が多いことです。如何に歪んだ偏見を取り除いたとしても、歪んでいない人々はまっすぐな直線しか取り込もうとしない。いや、むしろ取り込めないのですよ。まっすぐであるがゆえに。あなたの使命は歪みの排除ではなく、歪みを知らぬ人に歪みを知らしめることではないですか?しかしそれもまた儚い幻想でしょう。
歪みを美しく思う価値があり、直線を美しく思う価値があり、しかしながら植物のように一度折れてしまえば傷は残り続けるのですから。

2009年02月02日 19:27

投稿者: まなみん

Hさま
示唆に富むコメント感謝です。
ゆがみを知らない人にゆがみを知らしめることの意味ですか。
確かに共感的理解と優しさには必要なことかもですね。

ゆがみを美しく思う価値があり直線を美しいと思う価値がある。
それぞれでよいと思います。
ダリの芸術はわたしはあまり共感がないのですが、それはそれですばらしいものなのでしょう。同様に、暗黒舞踏も私のテリトリーではないようです。
他者を理解しようとする眼差しは優しさだと思います。でも理解できないのもまた事実です。それを偽ったりごまかしたりするより、自分の限界を意識化しておくことのほうがよいのかと思ったりいたします。といいますか、それしかできないというほうが正直ですね。
いかがでしょうか。

2009年02月03日 07:45

投稿者: ほそく

冷たく響いたとしたらごめんなさい。

この認識は、理解しようと努力してもしてもできない、その無力感から達したものであって、はじめから相手にしないっていう態度ではないつもりです。
むしろ、自分に何ができるのだろうかという真摯な問いのなかから出てきた結論なのです。
理解できない自分の態度で傷つけてしまう人たちに対して、日々謝り続けている私がいます。
ただそこで、それが許されていることに対する感謝で嬉しくなるというのがきっと私の健康さなのだと思いますが、誤解されがちですね。

2009年02月03日 07:52

投稿者: H

こんばんわ^^
あなたの苦労が分かります。いやむしろ最近になってようやく理解できたような気もします。あなたが私の発言からダリを連想したように私のテリトリーはむしろ闇でしょう。私はそのような意図で書いたわけでは無かったですが、私がダリに共感を抱くのも事実ですしね。しかしながら私は光を目指していた変わり者であるがゆえにブラックホールのようにすべてを闇に還元することなく光に近付けた気がします。そして闇からの立場で言えば間違いなくあなたは光なのですが、それゆえに核心の部分で無意識的に闇を寄せ付けないのです。いや、むしろ敢えて言うなら光は一度闇に同化する必要があるのですが、それに気づけない。なぜなら闇にとって光は我を損なうもの以外の何者でもないからです。比喩が分かりづらいかもしれませんがまた伺います。

2009年02月04日 00:52

投稿者: H

補足ですが、我というのはちょっと語弊と言うかまなみんの理解とは違うかもしれませんね。我の基本構造が光と闇では違うと思いますので。。むしろ根とか生成点とかっていったほうがいいのかな。

2009年02月04日 01:09

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プロフィール

尾崎真奈美尾崎真奈美

東京大学大学院教育学研究科博士課程満期退学。ペンシルバニア大学医学部精神科、東京大学医学部公衆衛生学研究室などを経て、現在相模女子大学人間心理学科准教授、米国サーチインスティチュート、スピリチュアリティ発達センター客員研究員。
インテグラル心理学・スピリチュアリティ論・芸術療法などを教えながら研究、ダンス、執筆活動を続け、科学と芸術の統合を試みる。
天使語同時通訳は日々のインスピレーションの書き散らしである。
国際生命情報科学会、日本トランスパーソナル学会理事。日本心身医学会、日本トランスパーソナル心理学・精神医学会、国際ポジティブ心理学会会員。

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