
昨日&おとといと 富士山に行ってきました!
満月 ウォーキング瞑想 としての富士山
始めは 富士山の登山道の中で
一番過酷な「御殿場口」から
登ろうと思ったのですが
そこで車をとめ準備していると
急にものすごーい雨が降ってきました。
前日から 雷雨などの予報もあり、
これはちょっと厳しいんじゃないかと
急遽「富士宮口」に移動。
駐車場に着き、準備開始
登り始めたのが13:30 でした。
ただどうしても「御殿場口」が捨てきれず
ルートをいろいろ考えた結果
富士宮口→宝永山→御殿場登山道→赤岩八合館
へと続くルートを行くことにしました。
富士宮口5合目から6合目まであがり
そこから宝永山のほうに少し下って行きます。
そして宝永山の火口まで下りて
そこでハーモニーベルを鳴らし
気持ちがぐーんと落ち着いたところで
ザクザクの道を登って行きます。
途中道を間違えそうになりながら
僕たち以外だれも登っていない登山道を
ひたすら登りやっと一つ目の山小屋のある
7合目に17:30にたどり着きました。
ここまで濃い霧に覆われつつも快適な登山。
そこからその日の宿である赤岩八合館を
目差している途中
ゴロゴロ ゴロゴロ と山が怒り始めました。
やばい!!雷が来た!
山の雷はすごーーい 怖い。
マジでいつ落ちてくるかわからない!
そこからペースを上げて登りました。
でもその雷をも祝福だと感じる人もいるくらい
神秘的な感じでした。
そしてやっとの思いで山小屋に到着 18:30でした!!
着ているものを脱ぎ捨てて、ほっと一息つきました。
やはり人の少ないルートだけあって
結構なスペースがあり、
僕らは屋根裏部屋を占拠しました。
普段の富士山の山小屋からは想像できない快適さ。
赤岩八合館 お勧めです!
それからカレーライスを山盛り食べてしばし歓談。
その後なぜか屋根裏部屋でしばしのエンカウンター!?
というかシェアー会をしました。
あそこで輪になって座ってそれぞれの話を聴くなんて
なんかすごーくいいなぁっておもいました。
そこでいきなり消灯
バチ!と電気が消え真っ暗闇に!
最後にハーモニーベルを小さく鳴らして
シェアー会を終了しました。
うーん なんかすごい素敵な時間だった。。。。
他の宿泊客はいきなり
屋根裏から チーン チーン チーン と聞こえて
怪しいなぁとおもったりしなかっただろうか・・(笑)
そこでトイレに行って寝ようと外に出ると
なんと目の前に満月が!!
めちゃくちゃきれい!!
そして眼下には雲海
またその合間を 稲光が
ビカビカ!ビカビカ!とひっきりなしに輝きます。
雲の上から見る雷の美しさといったらありません。
下界では恐らくすごい嵐のはずなのに
そこでは
満月&星空&稲光
すごい体験でした。おもわず絶句して
俺は1時間以上その光景を見ていたと思います。
その間に何人かの方との歓談しつつ
自然のすごさを感じました。
そして 22:30ごろベットにもぐりこみ就寝
ただいびき&歯軋りでなかなか眠れませんでした・・。
だいぶ長くなったので続きは明日にしまーす!
昨日、1ヶ月半ぶりに
6月に行った非構成的エンカウンターグループの
参加者からの呼びかけでプチ同窓会がありました。
びっくりするぐらいの参加者があつまり
みんなでとっても楽しいひと時を過ごしました。
それぞれも連絡を取り合っていたりして
こんなにワークショップ後も素敵な関係が続くこと
そしてみんなの人生に影響や学びを与え合っていること
ほんとにこれぞエンカウンター(出会い)の醍醐味、
4泊5日を共に過ごすことで
こんなに深くつながっていられる・・。
そして一生続くような人間関係が生まれる・・。
ぼくの信じるワークショップの醍醐味が
ここにある気がしています。
ワークショップの時間だけ心地いいとか
素晴らしいとか、そんなことではなく
ワークショップ後も川の流れのように続いていく感じ・・。
そこでの縁がきっかけで人生に大切な
なにかが始まる感じ・・・・。
ほとんどの人は 小学校のときの ある場面 や
中学生のときの ある一言 そしてそこで出逢った 縁を
大事に大事にもって人生を歩いているように思います。
傷ついたこともうれしかったことも
さみしかったことも楽しかったことも
濃密な記憶として
そのとき感じた感覚のまま自分の中に
大切に大切に・・・・。
その記憶から自分の人生が形作られているといっても
いいぐらいの輝きをもって。
ぼくはワークショップという時間と空間も
それぐらい濃密でそれぞれの人生にとって
大切な時間となるように思っています。
特にこの非構成的エンカウンターグループは
非構成的であるがゆえにその輝きが
増すように感じています。
次回もどんなご縁がはじまることやら・・。
楽しみです。
ぜひ一緒に濃密な時間を過ごしましょう!
次回の非構成的エンカウンターグループは
9/25(火)~29(日)4泊5日
詳細こちら
また僕と映蓮がスペースキーパーをするグループを
8/11~12 代々木でやります
エンカウンターサークル(あと6名)
詳細こちら
ぜひきてください!
昨日 ワークショップの源流を探る会 2回目に参加した。
参加は
ワークショップ主催者、
ファシリテーター、
大学講師
プランニング・ディレクターなど
みんなワークショップの源流に
つながってるのではないかと思われる
ジョン・デューイの「学校と社会」という本を読んできたので
それについて意見を交し合うということになった。
その中ででてくるのは
体験学習の重要性や
学校が生活との関連の重要性
児童中心主義
そして
自ら考え行動できる人間を育てるという考え方だ。
これはワークショップランドも含めよくある
ワークショップというものの特徴を言い表しているように見える。
主体性を重視し自発的行動をよしとする風潮。
しかしはたと立ち止まって考えると
果たして全員が全員そんなことをする必要があるのか?
という疑問にぶち当たる。
全員がすべてのことにおいて自分で考え、行動するというのは
やはり西洋的個人主義の肥大にも思える。
日本人が大切にしてきた
和 をもって貴しとなす
という精神とのバランスはどうなってしまうのか。
全員が全員、ものすごいリーダーになったら
誰がそのリーダーに賛同し事を起こすのか、
全員が全員 社長になったら
いったい誰がその会社で働くのか
果たしてリーダーが偉いのか、社長が偉いのか、
人の上に立つことがいいことなのか
人の役に立つことがいいことなのか
そして大前提として民主主義をよしとする風潮も。
日本はながく民主主義、そして資本主義できているが
これからも未来永劫それが続くとも限らない。
また日本的民主主義は
積極的に社会参加をしているわけではないので
いわゆる民主主義でもない
民主的に平等に公平にみんなを同じように扱うこと
それが絶対的な価値観ではないのかもしれない。
みんな同じということとみんな違うということのハザマで
いろんなトラブルや問題や考えなくてもいいことまで
考えてしまう風潮を生み出すのかもしれない。
そんなことを考えると自分が持っている
物事を判断する上でも前提自体を
一度疑ってみる必要性を感じる。
いま、人に何かを教えること への疑問
が自分の中に芽生え始めていることに気づいている。
果たして、人はなにかを教えられる必要がある生き物なのか
はたまた、自ら勝手に学んでいく生き物なのか
これは久しぶりにこないだ地元へ帰っておもったこと
俺の地元の仲間はみな 俺を含めていわゆるきちんとした
教育を受けたものはいない
中卒、高校中退がほぼだ。
が、25年の付き合いになる彼らはいま
全員がきちんと自分の道を自分の足で切り開き、
親方になっている。
自分の店をもったり、会社を経営していたりする。
少なくともぷらぷら遊びほうけている人間は一人もいない
学歴がない分、みんな人一倍 まじめに働く、
人のせいにできない分、責任感も強い。
それこそ 自分で考え自分で決め、
自分で行動し結果も自分で受け容れる。
そんな資質が勝手に身についているようだ。
それを見て、俺はすごく誇りに思えた。
自分たちは決して社会の落ちこぼれでも落伍者でもないのだと。
そういうものを実際にみると果たして教育は必要なのか?
という疑問にぶち当たる。
また
人を 育てる ということへの疑問も・・。
果たして 人を育てるなんてことができるんだろうか
それとも 勝手に育っていくものなのだろうか。
3人の娘の父親として
彼女たちにできることはなにか、
精一杯、俺が自分を生きること以外 なにができるのか
もちろんできるだけ一緒にいて同じ空間でおなじ時間を過ごすことは
できるしそうしているが
それが果たして育てていることになるのかどうか、
それは彼女たちのためにしていることでは絶対にないし
おれ自身の喜びだからそうしてるわけで・・・・。
非構成的になにかを行おうとするのも
やはり、どこかにある答えを皆で共有するのではなく
新しい可能性やまだ見たこともない種を見出したいからかもしれない。
ゆえに ファシリテーター(促進者)という
アイデンティティにも少しの課題を見出してしまうのだ。
長くなったのでこれぐらいにしておきます。
コメントよろしく!お願いします
お勧めワークショップ
タントラ リトリート
非構成的エンカウンターグループ
エンカウンターサークル
満月 富士登山
何が起こるかわからないワークショップ
7月16日AM9:30~PM4:30 清澄庭園にてやってきました!
参加者は9名 男性4人 女性5人 です。
全くの非構成で始まり、
はじめに少し数人が話した後
チベタンベルのセッションが始まり
みんなでそれを回しました。
その後、それぞれが清澄庭園の自然や
池に浮かぶカメなどと戯れ始めました。
完全に自由に となったとき
まず人はひとりになり
自分がいまどこにいるのかに
そしてそれはどんなところなのか
に意識を向け、それと遊ぶのかなと
感じました。(もちろんこれは個人的見解です)
それから個人的に
少しずつ話し始める人たちも出てきました。
そんな感じでしばらく時間が過ぎ、
徐々に周りの人たちを意識し始め
皆でなにかしようかという話になり
はやめの昼食を一緒に食べることになりました。
昼食を車座になってとりながら
いろんな事が展開していきました。
ある人の言葉が心に触れたり、
自分の中にあるスイッチを入れたり、
ある人の体験が自分の中にズドーンと入ってきたり、
自分の中の気づきがたくさん起こりました。
自分と共にいて
周りの人と共にいる
いつもいつも外側の人に意識が向いてるわけではなく
ある言葉がきっかけで自分の内側に入り
その感じとともにいて
また回りを意識してそれを表現するかどうかを決める
そんな風にすごすことで
自分の中がすごく精妙に繊細に
なって行く感じを味わいました。
無理やりに引きずり出される感覚もなく
やらされた感もなくすべて自由であることによる
責任の厳しさと心地よさを感じることができる時間
そして間に
ハーモニーベルのセッションなどもありました
たった7時間
一緒にいただけだけど
他ではなかなか味わえない出会い
そして体験ができたと思います。
このあり方や体験を
日常に持ち帰り活かしていこうと
思っています。
誰かのようになるのではなく
自分自身でいながら人とつながったりはなれたり
して行こうと・・。
そして参加者の皆さんもそれぞれ昨日一日、
それぞれのありのままでいたんじゃないかなと感じました。
今回の実験的ワークショップに参加してくれた
参加者の方には本当に感謝しています。
ありがとう
短時間の非構成は難しいという話がある中
一人ひとりの存在をすごく感じられたし
その中にいる自分自身の存在も味わえました。
ファシリテートという役割も
できるだけとらないように
僕自身できるだけ自分と共にいて
自分自身として参加しました。
もちろん場の守り手としての
意識はもっていたけれど
他の参加者との立ち位置の違いもさほど感じることなく
分断された感じもなく
このあり方の可能性をすごく感じることができました。
カールロジャーズの考えの中に
シェアード ファシリテーターという考え方があるそうです。
それぞれがそれぞれのありのままでいながら
自分とグループにとって一番適したタイミングで
ファシリテートすることができる状態・・・。
そこに参加する全員がファシリテーターであり
メンバーである状態・・。
だれか固定した役割としてのファシリテーターや
リーダーが存在せず、それぞれが臨機応変に
その役割をとり、そしてその役割を降りることができること
そんなファシリテーションのあり方
そんなグループのあり方ができる時期に
来ているんじゃないかと感じています。
家族間においても仕事上においても
こういうワークショップにおいても
そういう関係性とあり方ができたら
いろんな意味で世の中が変わるなぁと
実感できたワークショップでした。
また参加費も
投げ銭方式でやってみましたが
それぞれにとってのお金の価値と
ワークショップの価値を考えて
もらえた気がしています。
そして
僕が思っていた価値が
あるんだなということがわかり
大変よかったです。
またやりたいなと思います。
次回の非構成的ワークショップは
8月11,12日 代々木で行う
エンカウンター(遭遇)サークル です。
今度は2日間で3時間×6セッション やってみようと思います。
限定10名なのでお早めに!
7月16日 海の日に
「何が起こるかわからない ワークショップ」
を開催します。
当日、朝9時半に 清澄庭園 涼亭 に集合です。
あとは今僕がすごく可能性を感じている
非構成
で行います。
非構成とは 構成されていないもの
あるがまま そのまま
“生” だということです。
こちらが用意したプログラムにそって
参加者が求めるものを提供し、
参加する人はそれを受け取って帰る。
普通セミナーといえばそんな構成的なスタイルです。
もちろんその形にも素晴らしい点はたくさんあります。
いろんなものの法則ややり方を学ぶなら
絶対にそのほうがいいに決まってます。
ただ、人間のあり方、自分自身のあり方に気づいたり
発見したりする場合はどうでしょうか?
その場合やはり、自分自身の中から湧き上がってくるまでの
時間や環境もひとそれぞれだし、
よーいドンで出てくるものではありません
また人との関係性を見たり、気づいたりする場合も
ゲームやアイスブレイクによって出てくるものが
本来の自分のあり方ではないこともあると思います。
なので 海の日 は
集まった人間でなにが起こるか、また起こらないか
わからないけれど、それを楽しもうって企画です。
本来、人が集まることで始まる何かは
決して構成された非日常の場ではないとおもうので
より日常でより生な場でいったい何が起こるのか
ぜひご参加ください。
参加費は1,000円~ です。
携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
