佐藤 道代のダンス:身体を感じ、心を表し、フルに生きる試み

2007年08月

喪の仕事:やり直し

ハワイ島のマウナケアの朝日 藤田佳子氏撮影昨年11月に津田塾大学の公開講座「いのち:舞踊を創る事=Life(いのち)を創る事」に対する、学生の感想が送られて来ました。今この時期に見ることが出来て、大変元気付けられました。
半年前に言ったのですから、「自分の創造力を信じて、舞踊と自分のLifeをもう一度創っていこう」と思いました。
でも、「最初からもう一度やりなおしだ。」とも思います。

踊りを真剣に始めた理由は、20年前に母が癌で亡くなった事がきっかけでした。
その頃夜になると一人で、海辺に行って踊っていました。踊らずには居られなかったのです。
日本のお葬式は、私には自分の感情が分からなくなるように働き、踊りだけが私の気持ちを感じる方法でした。

アメリカに行き、母が死んでから6年後、大切な友人柳田栄乃さんが亡くなって、初めてお葬式で泣くことが出来ました。NYUの大学院のダンス人類学の講座では、韓国や、アフリカのお葬式のダンスを研究し、NYでは、Motherless Daughters という悲嘆をシェアするグループ・ワークに参加し、良き友人達に喪失の気持ちを話すことが出来るようになりました。
エリザベス・キューブラ=ロスの本を読みあさり、死の受容の7段階を辿り悲嘆の気持ちが昇華するような、グループ作品「垂乳根」を創りました。
創るまでに10年掛かりました。
これら全ての経験が、次に大切な誰が亡くなっても、私は大丈夫なはずと思い込ませていました。

しかしこの痛みは変わりません。
魂の永遠性を信じてはいても、変わらないのです。
一体、この20年は何だったんだろうと思いました。
またやりなおしです。
それどころか、母の時より圧倒されるほどの仕事が残っているように感じられ、あの時は、父に守られていたことが今よく分かりました。

理論や客観性は、身体の中にある感情の前には全く役に立たない事を思い知りました。
分かったからといって、自分のための喪の仕事を行った訳ではないのです、
自分なりの方法で自分の気持ちに向き合わない限りは…
そして、喪失する度に、行わなければならないのですね。

リハーサルをしようとしても泣いて動けなくなっていましたが、被服衛生学学部会でのダンカン・ダンスの発表で、まだ踊ることが出来ることを確かめることが出来ました。
自由が丘の子供と大人のクラスで一緒に踊ることが出来るのは、本当にありがたい事です。
どこまでも突き進む「ウォンバットの歌」を作詞作曲して応援してくれる夫のマークさんが、カリフォルニアから来て一緒に居てくれることもとてもありがたいです。
お友達の、暖かいお声かけやメールやコメントも本当にありがたいです。

やり直します。


(写真:「ハワイ島のマウナケアの朝日」 藤田佳子氏撮影)

プロフィール

佐藤 道代佐藤 道代

モダンダンスに日本の身体言語を融合し、元型的身体言語を追求する舞踊家。
津田塾大学卒業後ロータリー財団奨学金にて留学したニューヨーク大学より修士号及び舞踊教育学科長賞を受賞。自作を日本(EXPO2005)、米国(国連)、英国(大英博物館)等、各地で公演。NYタイムズ紙に「スタイル・内容ともに洗練された作風」と評される。1998年ミュージカル「王様と私」出演。2004年NYジョイス・ソーホーで、日本女性に関する自作品の公演を行い連日満席となる。2003年、2004年舞踊批評家協会新人賞ノミネート。2005年Die Pratze観客賞受賞。2007年エッセイ「イサドラ・ダンカンの舞踊理論とスピリチュアリティー」を、「スピリチュアリティーとは何か」(ナカニシヤ出版)内にて出版。

URL:http://home.att.ne.jp/alpha/idance/

最新のエントリー

全てのエントリー

カテゴリー

月別アーカイブ

携帯でもSQ Lifeメッセンジャー・ブログが閲覧できます。
http://blog.sq-life.jp/m/
メッセンジャー・ブログ QRコード