
元旦に、メキシコのピラミッドChichen Itzaを訪れ、その後Cobaという更に古く年代が古いピラミッドを訪れる機会に恵まれました。

Chichen ItzaはItzaeというマヤの集団がAD 415から435に建設を始めた都市です。最初の数世紀の建築物として、「尼僧院」、「球戯場」、「天体観測所」が残っていました。
その後AD967年頃トルテックに占領され、その影響を受け「羽を持つ蛇」の像が盛んに描かれました。1200頃に、太陽、炎、戦争を信仰するマヤパンによって「the Catsle」というピラミッドが完成しました。そ の横に生贄の壁が残っている「金星の寺院」、「1000の柱のマーケット」も、良く修復され残っていました。

ピラミッド「The Catsle」は美しいのですが何となく勢いがありすぎて疲れて、私達は古典期の尼僧院や天体観測所がある場所に居る方がずっと落ち着きました。
その2日後に行った「風に波立つ水」という名前を持つCoba は、Chichen Itzaから50キロ南に位置していました。AD632-AD800年ごろ、Chichen Itzaが重要になるまでのカリブ海とユカタン半島の交易の拠点でした。
年代的にChichen Itzaより古いので、殆どの建造物が熱帯気候の植物が生い茂って未だ発掘されていないとのことでしたが、Chichen Itzaの「the Catstle」よりもさらに大きいピラミッド「Grupo Coba」は風化しつつも残っていて、頂上まで昇る事が出来ました。一段30-50センチある階段を、126段昇って頂上まで行くと、天井に神様の降臨を示すマークが二つ付いた小さな神殿があります。

昇るときは照りつける日光で暑いのですが、神殿内は非常に涼しくて、風により何だか不思議な音がします。人によっては「ドラムの音を聞いた」と感じたようです。
頂上から二つ大きな湖が見えました。これだけ沢山の石を何処から取ってきたのか不思議に思っていましたが、ガイドさんによると、それらの湖がかつての石切り場であったという説があるそうです。

マヤと言えば、近年2012年の冬至に世界の暦が終わるというマヤ暦で有名ですが、この文明では、天体観測と数学に素晴らしく長けていたようです。20進法でゼロという考え方も既に持っていました。
「The Catsle」は、太陽の位置が創る光と影で、夏至、冬至、春分、秋分を正確に観測する構造で、しかも、蛇腹状の影が出来るように、段が付いているのですが、それも、その当時分かっていた7つの惑星にちなんで七段でした。
彼らは、地球の1年を365.2420日としており、グレゴリオ暦よりも1年の長さとしては正確です。金星、火星の周期まで正確に分かっていました。でも、天動説をとっていたようです。
しかし、生贄の儀式が多くなされていたようで、球戯で優勝したチームのキャプテンが生贄になったり、若い女性や子供なども含む、とにかく沢山の人が進んで生贄になったようです。死後の世界が大切であり、自己犠牲が美徳であったのでしょうか。
マヤは金属を持っていなかったとの事で、これだけの建物を金属を持たず、石を切り建てたのか本当に不思議でした。沢山の人の力を集めなければ出来なかったでしょう。
頭の良い指導者達が統治する集団主義的な文化だったからこそ、これだけの建造物を生み出したのでしょう。でも、この時代には「自分の人生を生きる」というのは無理な事だったことでしょう。
沢山の首の描いてある壁を見て、私は現代に生きていることのありがたさを改めて感じると共に、ピラミッドという現代の人知が推し量る事の出来ない古の智慧に思いを馳せました。
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