
わたしが訳した詩を一つ紹介します。マックス・アーマンという弁護士が書いたものです。教会のパンフレットなどで用いられていたため、古の聖者が書いたものだと思われていたのが、1927年になって弁護士が書いたものだとわかった、いわくつきの詩です。ヒッピーたちにもてはやされ、1972年にレ・クインによってレコード化されてグラミー賞を獲得しています。スピリチュアルな生き方の基本的な姿勢を描いたような詩なので紹介したくなりました。
DESIDERATA
切なる願い
あわただしい喧騒のなかに、
心を鎮めて入っていきましょう。
あなたの魂が静かであれば、
どれほど毎日が安らぐものとなるかを
思い出しなさい。
∞ ∞ ∞
他人に媚びへつらうことなく、
できるだけ、
出会ったすべての人と仲良くしなさい。
∞ ∞ ∞
本当のことを淡々とはっきり語りなさい。
そして、他人の言うことに耳を傾けなさい。
まるで正反対の意見の人や
無知の人の言うことにも
耳を傾けなさい。
彼らには彼らなりの人生の物語があるのですから。
∞ ∞ ∞
大声を出して、人の心に
土足で踏みこんでくるような人は避けなさい。
彼らは、純粋なあなたの精神には、
苛立ちの原因ですから。
∞ ∞ ∞
自分を他人と比較すると、
むなしくなるでしょう。
つらくなるかもしれません。
あなたより、優れた人もいれば、
劣った人もいるのが世の常ですから。
∞ ∞ ∞
未来の計画だけではなく、
成し遂げたことも楽しみなさい。
遠い過去へと去ってしまうまでは。
∞ ∞ ∞
どんなにつまらなく思える仕事でも、
自分の仕事に興味をもちつづけなさい。
それは、ころころ変わる時の運がもたらす
真の財産なのですから。
∞ ∞ ∞
仕事のことでは注意深くありなさい。
世間はごまかしに満ちていますから。
けれどもそのことで、
この世に美しいものがあることに、
盲目になってはいけません。
多くの人たちが
高い理想を目指してがんばっています。
あらゆる場所で英雄的な行為が
成し遂げられているのです。
∞ ∞ ∞
自分自身でありなさい。
とくに愛するふりをしてはいけません。
愛を嘲笑ってもなりません。
夢を打ち砕く不毛な世界を前にしても、
愛は雑草のように何度でも蘇るのですから。
∞ ∞ ∞
若気のいたりでしてしまう楽しみはもう放棄しなさい。
年寄りの忠告をやさしく受け止めなさい。
突然の不運に見舞われたとき、
自分を守るために魂を鍛えなさい。
暗い想像をして悩まないようにしなさい。
恐怖の多くは、
疲れと孤独の魂から生まれるのです。
∞ ∞ ∞
自分だけを正当化するのではなく、
他人の思いにも心を傾け、魂を鍛えなさい。
健全な鍛錬をした上で。
自分自身にやさしくしなさい。
∞ ∞ ∞
あなたは木々や星々と同じように
天から命を授けられた、宇宙の子どもなのです。
だから、この世に存在する権利をもっています。
∞ ∞ ∞
あなたが意識していようといまいと、
この宇宙は進むべくして進んでいきます。
同じように、あなたが神をどんなものと考えようと、
神は存在するのです。
神と仲良くしなさい!
∞ ∞ ∞
そして、あなたがどんな仕事をし、
どんな志を抱いていようと、
この騒々しい人生の混沌のなかで、
魂を平和に保っていなさい。
∞ ∞ ∞
まやかしが横行し、いやな仕事に追いまくられ、
何度、夢がやぶれても、
世界はやはり、美しいのです。
あなたの人生は、すばらしいのです。
顔を上げて、陽気に微笑んでいなさい。
あなたの幸せをつかむことに貪欲でありなさい。
数日前の新聞で、神戸の六甲山で遭難し、二四日後に救出されて助かった三五歳の男性の話を読みました。今年の十月七日に山頂付近で同僚とバーベキューパーティをした後、一人で下山しようとしたらしいんですが、途中で道に迷ってしまい、崖から転落して骨盤の骨を折ってしまったんです。当初のニュースでは、バーベキュー用のタレを舐めながら飢えをしのいでいたと報じられていましたが、どうもそうではないらしく、骨折して動けなくなってから二日後に意識を失ってしまったと言うんです。
妻がテレビを見て教えてくれたんですが、意識を失う前に、ものすごく美しい草原にいるビジョンを見たということです。いわゆる臨死体験ですよね。それから二十二日後の三十一日に心肺停止状態で発見されたんですが、翌日の夕方に意識が戻ったというんです。不思議ですよね。二十二日も心肺が停止していて、生き返るなんて。医師の話では、「冬眠状態に近かったため、臓器機能は落ちたが、脳の働きは回復したと考えられる」というのですが、人間は熊みたいな動物と違って冬眠する習性はありませんから、普通は脳がやられてしまうと言われているんです。ましてや飲まず食わずですよ。それなのに、この方の場合は違った。人間の可能性というものを考えるのに、貴重な資料になるのではないかと思います。
わたしはこの記事を読んで無意識の力を感じました。もし意識をもっていたら、こんな寒い時期に、たとえうまい焼肉のタレをもっていたとしても、とても二十二日間も生きてはいられないでしょう。たとえ仮死状態でも。というのも、人間の意識というものは、あれこれ考えて、どうしても限界を設定してしまうクセがあるからです。わたしは三十代の終わりに不眠症になったときにそのことを痛感させられました。何日も眠れないでいると、もうだめだと意識の方が先にまいってしまうんです。もし意識的にでも、自分は眠らなくても大丈夫なんだと強く確信していれば、相当体力はもつということをわたしは体験しました。意識がある限界を突破すると、無意識の力が沸いてきて、ギアが一段切り替わるのではないかと思うんです。そのときにスピリチュアルな体験のようなものが起こるんでしょうね。生還したこの男性にいつか話を聞いてみたいですね。
近代の合理主義的な社会は、理性による自由と平等の実現を目標にかかげ、古い因習や宗教からの脱却を推し進めてきた。日本も、戦後の民主主義の普及により、近代社会の仲間入りを果たし、めざましい経済の発展を通して、世界有数の経済大国にのしあがった。
しかし、経済的な発展とは裏腹に、多くの人が心の拠り所を失い、殺伐とした社会の中で、孤独にあえいでいるのも事実だ。その原因の一端を広い意味での宗教心の喪失としてとらえ、これからの時代の宗教心のあり方を探ろうというのが著者の狙いである。
著者の山尾氏は経済至上主義に現代人のニヒリズムの原因を見ているが、個人主義を一概に否定しようとしているのではない。古い因習や宗教性から脱して自由になった個人を尊重し、一人一人の個性や多様性を生かしながら、万物に宿るカミ(従来の神と区別するために著者はあえてカタカナ表記を使っている)と対話する、アニミズム的な宗教心こそ、これからの時代に必須なものだと説いているのだ。そして、そのようなアニミズム的な宗教を生涯かけて実践した先達として、俳人の小林一茶に着目し、独特の観点から、一茶の生き方や俳句に迫っている。
最近、世界中に横行するテロリズムの背景には宗教の問題がからんでいる。宗教は人々の結束を固める基盤になる力をもっている反面、他者を排除するという矛盾した側面ももっているのだ。宗教の原型ともいうべきアニミズムに、普遍的な宗教の可能性を探ろうとする山尾氏の観点は、集団主義的な宗教に内在する矛盾を乗り越える一つの方策としても、注目に値すると言っていいだろう。
本書が単なる文献学にはない透明な「清涼感」をもっているとすれば、著者の山尾氏自身が、圧倒的な屋久島の自然の中で暮らすアニミズムの体現者であるというところからきているのだろう。
一九四七年生まれ、団塊世代の走りの年代です。来年は赤いチャンチャンコを着る年ね、などと言われてもまったくピンときません。年を取るのは早いけれど、精神年齢はなかなか年を取らないようです。大病でもして、もっと身体が弱っていれば、違うかもしれませんが。幸い、悪いのは根性だけで、身体はすこぶる丈夫です。
青春時代、カウンター・カルチャーに出会いました。学生運動とヒッピー。革命派と意識革命派。わたしはどちらかと言うと、後者に興味があり、ヒッピーの溜まり場だった国分寺のほら貝などにもよく行きました。たまたまわたしが勤めることになった新宿歌舞伎町のライトハウスというロック喫茶も、ヒッピー、売れない音楽家や芸術家、ダンサー、フーテン、ストリッパー、政治活動家などの溜まり場でした。偶然が重なってわたしはアルバイトしはじめて半年もしないうちにその店のマネージャーに抜擢されて、大学を卒業するまでの3年間、その店から三鷹にある大学に通いました。
ライトハウスでの体験はわたしにとってきわめて衝撃的なものでした。そのすべてをお話しすることはとてもできませんが、肩書きが一切通用しない世界でどうやって自分を打ち出していけばいいかということをそこで学んだような気がします。ヤクザも頻繁に出入りするそうした世界を自分が学生の身分でしきっていたというのが、今だに信じられません。
スピリチュアルなものへの興味がはじまったのもライトハウスだったと思います。音楽をやっている常連の客の一人から、カルロス・カスタネダの『ドン・ファンの教え』を紹介してもらって、むさぼり読んだのを覚えています。わたしの代表的な著作に『変性意識の舞台』(青土社)というタイトルの本がありますが、変性意識への興味が芽生えたのはこの頃(一九六〇年代末)からです。とにかく、わたしたちが日常見ている世界が、一つの世界の見え方にすぎず、意識が変われば、違った世界が見えてくるということに興奮を覚えたのです。
大学を卒業してからわたしはしばらくの間、ヒッピーのような生活をしていました。小金を溜めては、ニューヨークやロスに渡って数ヶ月ぶらぶらすごし、帰国してアルバイトをするという生活です。今で言うフリーターですね。でも、フリーターも三〇過ぎると、やっぱりやりづらくなってきますよね。ある電気店の倉庫でアルバイトしたんですが、高卒の正社員がいて顎でつかわれるんですから。一度、フォークリストの運転を誤り、新品の電気洗濯機を五台壊してしまったときには、本当に惨めな気分でした。
フリーター生活から脱皮するチャンスになったのは吉福伸逸さんとの出会いです。吉福さんの奥さんがたまたまわたしの大学の後輩で、間を取り持ってくれたのです。それからトランスパーソナル心理学の著作の翻訳をするようになり、呼吸によって意識を変容させ、無意識の素材を浮かび上がらせるホロトロピック・セラピーに関わるようになったのです。その後のことはおいおいこれから語っていくつもりです。
このコーナーでは、男にとってのスピリチュアルな生き方というものを取り上げていきたいと思っています。さしづめ鍵になるのは、仕事、お金、女性、性欲との付き合い方になるのではないかと思います。女性という存在は、六〇年近く生きてきた今でも、わたしにとって謎ですが、男性も女性にとっては謎多き存在ではないかと、勝手に思っています。その謎を解き明かそうなどという大胆なことは考えていませんが、謎解きの手がかりぐらいになれれば幸いです。
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