
アランが亡くなりました。飼っていた飼い犬です。名前はオスですが、性別はメスです。享年18歳。人間の年齢に換算すると、90歳以上だそうです(最初の一年は20歳年を取り、その後は毎年4歳づつ年を取るのだそうです)。
小さな骨つぼに入れてもらって、ダイニングの置き台の上に置いています。ペット・ロスになるほど愛していませんでしたが、やはりさびしいですね。つくづく感じました。家族って関係性なんだなって。
アランの存在意義は大変なものでした。元々は、娘に兄弟がなく、遊び相手になってもらおうと思って知り合いからもらったんです。娘がまだ3歳ぐらいの時で、当時、白黒模様の牛に興味をもっていたものですから、何匹かいた子犬の中から白黒模様の子犬をもらってきました。母犬に踏んづけられた後遺症で少しビッコをひいていたのですが、我が家の周りの野原を駆け回っているうちに直りました。
娘は大の犬好きになり、はじめてアルバイトをする時に、ドック・フォレストという犬を遊ばせる施設を選びました。糞をてづかみで片づけさせられる仕事だったんですが、嫌がりもせずよくやりました。
娘が成長してからは、おじいちゃんの散歩相手として、アランはいなくてはならない存在になりました。なにしろ、家のおじいちゃんは無口な人で、家の中であまりしゃべらなかったのですが、アランとはよくしゃべっていたようです。
おじいちゃんが亡くなると、今度はおばあちゃんの散歩相手になりました。おばあちゃんは毎日、アランと散歩するせいで、すっかり足腰が丈夫になり、87歳の今もピンピンしています。わたしたち夫婦も長年、アランと散歩していたせいで、足腰が相当きたえられました。
つまり、アランは我が家の人々に健康をもたらす使者としてつかわされてきたのです。そのアランがいなくなってしまった今、自分で自分の健康のめんどうを見なければならなくなりました。
アランの死が教えてくれた一番の収穫は、家族を構成している人間がそれぞれに存在意義をもち、いろいろな役割を果たしているということを、考えさせてくれたことです。
アランよ、安らかに!
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