
サヴァン症候群と呼ばれる脳の障害をもつ青年によって書かれた本書は、人間の脳と心の謎を考える上で、実に貴重な著作である。
ダスティ・ホフマン主演の映画『レインマン』で一躍有名になったサヴァン症候群の人は、計算や記憶の面で超人的な能力を発揮すると言われているが、著者のダニエル・タメットも例外ではない。円周率を22500桁まで暗誦し、新しい言語を、文法を含めてたった一週間でマスターしてしまう文字通りの天才なのだ。彼はまた数字に色、形、質感、感情が伴って見えるという「共感覚」の持ち主でもある。
ただ、サヴァン症候群の人は、その多くが精神的・肉体的障害を抱えており、自分の内面を言葉でうまく説明することができないと言われている。ところが、ダニエルは自分の内面を生き生きと描ける稀有な才能を併せもっているのだ。
孤独な障害者が、数を友達にし、家族の愛情に支えられながら、徐々に心を開いて他人とコミュニケーションすることを覚え、ひとり立ちしていく心の軌跡は感動的である。
サヴァン症候群は、人間の偉大な可能性を垣間見させてくれる貴重な本である。読者はきっと改めて障害とは何かを考えさせられるだろう。
タイトルに「運命」という言葉がついた本が最近やたらに目につく。『運命を拓く』『未来世療法 運命は変えられる』『チャンス――成功者がくれた運命の鍵』などなど。一体、運命とは何だろう? 果たしてわたしたちの人生には、あらかじめ決められた運命というものがあるのだろうか? 霊能者に聞いてみれば、もっともらしい答えが得られるだろうが、自分でそうした疑問に答えるのは簡単なことではない。
わたしはすでに六十年も生きているが、その間、親しい人たちの死にたくさん立ち会ってきた。中学時代に自殺した無口な友人、高校時代に病で急死した、できの良い一人息子の友人、新宿のビルの屋上から飛び降り自殺した知り合いの女の子、母親に死なれた後に統合失調症になり、入退院を繰り返した末、首を吊ってしまったいとこ、ちょうど五十歳のときに癌で死亡した仕事の同僚・・・このような悲運な人生を送った人たちははじめからそのような宿命を背負わされていたのだろうか?
わたしが昨年、さる出版社に頼まれてその著作を翻訳したイングランド生まれの哲学者ジェームズ・アレンは、この世で起きる物事はすべて前世にその原因をもっていると言い切っている。わたしはそのような運命の因果論というものを信じていない。というより信じたくないと言ったほうがいいかもしれない。人間は宇宙の子どもであり、あらゆる運命の種をもって生まれてくると考えるのがわたしは好きである。その中のどのような運命を選び取るかはその人の生き方にかかっていると思うのだ。もちろん、どのような家庭に生まれるかで、人生が大きく左右されるのは否めない。でも、家庭環境がすべてを決すると考えるのは行き過ぎである。実際、わたしの周りには、恵まれない子ども時代を送りながら、大人になってから精一杯自分を発揮して生きている人がたくさんいる。すべてが自由意志で決定できるとは思わないが、運命ですべてが決まるとは考えたくない。
ただ、年を重ねてくると、どうしようもない生き方の癖のようなものがあるということに人は気づかされる。わたしは痩せてひょろ長い体型をしているせいもあって、はたから見ると飄々としているように見えるらしく、よく気楽でいいですねなどと人に言われる。しかし、実際にはかなり気難しいところがあり、やさしそうな仮面の下に攻撃性を隠している。それが酒を飲んだときなどに強く表に出てくるときがあり、自分でも面食らうことがある。それは言ってみれば、わたしの魂の傾向性のようなものかもしれない。年を取れば取るほど、隠れていた性格が表に出てきやすくなるような気がする。占星術師の鏡リュウジ氏にわたしのホロスコープを作ってもらって占ってもらったところ、ずばりそうした二面性があることと、野心家であることを指摘され、驚いたことがある。占星術というものが、馬鹿にできないものであることをそのとき知った。
運命という言葉ははなはだ都合のよい言葉である。自分ではどうしようもない事態に直面したとき、それを運命だと思えば、あきらめもつく。逆に、運命を口実にして、努力を怠る人もたくさんいる。運命とのもっとも上手な付き合い方は、「人事を尽くして天命を待つ」ということわざに集約されているのではないだろうか。最近、八二歳の義理の母親が亡くなったとき、そのことを痛感させられた。人間にとって、とりわけ年老いた老人にとって、死は避けられぬ運命である。しかし、死の床にある義理の母親も、それを見守るわたしたちもその運命たやすく受け入れるわけにはいかない。精一杯、生きる努力をし、精一杯、生かす努力をしたとき、はじめてその運命がまっとうできるからだ。死ぬ運命とは、どうやら、精一杯、生きる運命と同義であるようだ。
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