
おかえりなさい
このブログのタイトルを「おかえりなさい」に決めたのは、その言葉が好きだから。私たちは日々自分を癒すために生きている。少しずつ、コケながら自分に帰って行ってるなーって思えるから、「おかえりなさい」なんですよね。
今朝、私は愛する人に電話をしました。話をしているうちに涙が溢れてきました。自分の体が、ある事を思い出したのです。悲しかったとか、怖かったとか、そういう感覚を押し殺してきたのですが、38歳の誕生日に向かって、少しずつ解れていってるように感じます。毎年、そう思うんです。
私は4歳の時に、急性腎炎を発病しました。それからの記憶は明確ではありませんが、大量に薬を飲んでいたことは確かです。どす黒い赤や青、緑色、だいだい色の錠剤やカプセル。まるで工事現場の警告サインみたいな怖い色合いの薬ばかりでした。小さな手のひらの上に、毒々しい色の薬が10錠ほど乗っかってて、それを飲まなければいけない苦痛。飲んだら薬が効いてきて、頭がぼんやり、思考が曇りはじめ、体がダルくなっていくのが分かります。皆みたいに動けないんですよね。
でもその苦しさは、学校の先生にもお医者さんにも、同級生、親にも分からないのです。
薬を飲みたくないけれど飲まないと、診察の時の尿検査ですぐにばれます。
二週間に1度程度、内科に通っていました。小学生とはいえ、男性の医者に触られたり胸をさらけ出すのは、とても恥ずかしい。冷たい聴診器は冬だと肌に突き刺さるほど痛いのです。それでも子どもの自分には何も抵抗できないと思っていました。先生は私の体を知っている。私の分からない病気の治し方を知っている人だから、先生の言うことを聞かないと、尿に結果が出ちゃうから、全部お見通しなんだと思っていたんです。子どもでしたから。母親は看護婦だったので、先生の前で私の衣服を平気でまくりあげるわけです。
「ゆうこ、先生に見てもらうから、服をまくるよ」って私の同意を得ることは1度もありませんでした。
薬がどれだけきつくて、辛いか、私は最後まで誰にも言うことはありませんでした。体をさらけ出されても、私は反抗することはありませんでした。仕方ない・・・そう思ってたからです。
先生は何でも知ってるから、正しいんだと思ってました。
薬に負けて私の体がだるいのは、私の忍耐力が足りないだけだと思っていたのです。
反発心の無い自分。
これが私が激しく嫌悪する「欠けている自分」でした。
幼い時、小さな田舎の小児科医院の診察室で、自分がいかに孤独を体験していたのかはどうしても認めたくなかったので、体の記憶を押し黙らせたのです。今朝、電話で話しているうちに私の口から出た言葉は、
「ホンマに怖かってん。誰も分かってくれへんから、ずっと一人ぼっちで怖かってん。私の体やのに、勝手に触られて嫌やってん」でした。
心の記憶はいろんなセラピーや書く、などで表現されて癒されていきます。
私はこの部分を集中的に癒せば自分はなんとかなると思っていました。
心がほどけて、自分を好きになり始めたら、今度は違うかたちで いろんなことが起きるようになりました。
「体の緊張」として残っている悲しみを癒す時は、少し時間をずらしてやってくるようです。
完全に癒されたら、自分がすごい人になるだろう~なんてアホなことを考えていたこともあったんです。
こうして解れていくことで得られるものって「楽」なんだなーと思います。
「納得する」と、次にいける。自分のからだで、行けるんよね。
「おかえり!」の次は「じゃ、また行ってらっしゃい。待ってるよ」って自分に言える感覚。
だんだん出発する時の荷物(緊張)が減ってる感覚。
おかえりなさい。今日もありがとう。
to niさんのブログ初めて拝見させていただきました。
弁天町ビオでご一緒したきみこです。
私は現在進行形で薬をのんでいます。
最初は何も知らされずに医者から今話題の薬を処方されていました。
最終的に薬のせいで身の破滅を二度ほど経験しました。
今は医者を変えて薬も種類が変わり、少量の薬ですんでいます。
ただ心の傷は簡単には癒えません。
その薬を服用していた時の自分を認められないのです。
その薬を飲んでいたときに今の夫と出会い結婚しました。
結婚式の写真はつらいので見れません。
夫は(薬を飲んでいたときの夫との思い出を)拒絶しなくてもいいじゃないかと言いますが受け入れられません。
医師にも整理しなさいと言われましたが簡単にはいきません。
一生後ろめたい気持ちを抱えていくのはいやです。
自分を認めること、許すことからはじめています。
2007年11月21日 18:27
ただいまあ
今日もいろいろ、しゃばはきつかってん。
びえ=======っと泣きたいときに、愛する人に電話できてよかったね。
2007年11月21日 20:00
おかえりなさいって、あらためて聞くといい言葉ですね。
全て、受け入れてくれているかんじですね。
どうして、あの子供の頃は、声をだして叫べないんだろう。
子供なりの、納得の仕方で大切な気持ちを押し殺す。
そんな所に、今かかえている、いじめや、自殺、引きこもりの・・・解決の糸口があるのかもしれないって・・・ブログを読ませてもらってて思いました。
2007年11月21日 22:21
きみちゃん
うん ありがとうね
自分のペースで自分のために生きようね
責めなくていい あんたが黙ってても喋っても
自分以外の人は分からないから好きなことを言う
それに傷つくも、つかないも自分の選択だから
きみちゃんは きみちゃんの声を聞くことだけでいいんだよ
2007年11月22日 09:49
まなみん
しゃばはキツかね~!とににも電話してね♪
2007年11月22日 09:50
藍さん
ずっと自分は被害者と思って生きてて、そのあまりに
見ないようにしてきたのは、自分自身の感覚でした。一個ずつしかできないね♪
まずは己を知ること、そして終わりも、そこなのかなあ・・・わかんないな~
2007年11月22日 09:52
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