toniのおかえりなさい ~こころ・からだ・スピリットの放浪~

2007年08月

喜怒哀楽が味になる?

おかえりなさい

「怒って料理したら、不味くなる」って 聞いたことあります?
私は、今まで何度か聞いた記憶のある言葉です。

そして自分でも「そのとおりだ。気をつけねば」と思ってたこと、ありました。

でも最近、それは本当じゃない気がする。食材に失礼だと思う。

私は、どちらかというと怒りを内側に向ける癖をもっています。
自分には非がないと分かってるのに、相手の怒りをそのまま受け入れてしまうことが多かったんです。
そして一人になる、あるいは自分の家族(とくに母親、ダンナ、息子)と一緒に居ると、
自分が相手の怒りに負けてしまった弱虫だと考えて、腹が立ってきます。

「いつまでアタシはこんな人間なんだろうか」と。
その怒りはもう、お腹の底や胸や食道のあたりに、真黒に重い錆び錆びの潜水艦が詰まってしまったみたいな感じなんです。
ものすごい不愉快で、喉に手を突っ込んで引っ張り出したい。
「アホ!」と怒鳴りたい気分なのに、怒りの相手が居ない状態です。これはヤバイです。

自分に当たり散らし(自虐行為。過食嘔吐したり大酒飲んだり)、
それでも足りないと思う時は、家族(母親、ダンナ、息子)にも当たりました。
※ここでいう「ダンナ」は前のダンナですよ~

内側に怒りを抱えたまま、顔は笑って料理をすることはプロとして当然のことです。
また悲しい、寂しい、辛い、なんていう時も私は料理をしてきました。料理してると、いつのまにか気分が軽くなってる、ということはしょっちゅうでした。

平常心の時は、料理は瞑想のような時間。
何らかの感情が強い時、料理はその感情を癒すための時間です。

自分が本当に今感じてる気持ちを抑制して心を静かにするため、というのではありません。怒ってる時は怒ってればいいんです。

食材とは、「形を持つ愛」です。これから私達のからだを作ってくれるものです。
食材は、プリプリ怒ってる人や、ぶちぶちイジけてる人や、今日の彼氏の言葉が気になってしょうがない人や、また特に何もなかったお腹ぺこぺこの人、それぞれの人のところへ来てくれます。
その人が選んで、その食材を迎え入れ、調理する。これは運命的な出会いです。一生に一回しかありませんから。

食材は、そのものが愛ですから、触れる人の心の声を調理中ずぅっと黙って聴いてくれてます。
洗われたり、皮をむかれたり、炒められたりしながら、ずっと一緒に居てくれます。

怒ってる、悲しんでる自分も、あるがままで、食材を信じて触れてみたら、結果は違ってくるかもしれませんね。

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icon:cherryblossomPhoto by Utatane
東京のオーガニックレストランでチーフだった頃、いつものように朝の仕込みをしていました。
キッチンはまだ私だけでした。一人でシンクで芋の皮を洗いながら考えてました。これから先の自分に悩んでたんでしょうね。忘れましたけどね。

その時ふと気づきました。「あ、私、料理しながらいつも考え事してるわ」と。それと同時に「一つの料理が終わって、次の料理を作っている時は、自分の中で話題が変わってる。」ということも。
ということは、一品ごとに私の中でカウンセリング・セッションが終わってるんです。問題が解決してるかどうかは関係なく、どこかすっきりしてる。
「私は、いつも食材に相談に乗ってもらってるんやわ」って思ってね。

怒っちゃダメだ、って思いすぎたり、怒ってしまった、という罪悪感とかはこの際、さらけだしてヒーリング・フードたちにお任せして、お料理楽しんでみてほしいな。

ナスカと虹

8月26日、11歳の息子と二人、京都の博物館に行きました。
「ナスカの地上絵展」を特別展示していたのです。満場一致(ま、二人ですけど)で「見にいこ!」となりました。

現在、鹿児島の最南端の小さな町で山村留学している息子は、夏休みの帰省中。
電車も、コンビニも信号もない町に居る彼は、久々の電車に嬉しそうでした。

ナスカの地上絵展の素晴らしさは、是非ご自身で体験してくださいませ。
壷その他の土器の絵はかわいいし、織物の技術は素晴らしいです。
また、ミイラなども展示されていて、見ごたえあります。満腹です。

何よりも、私が感動したことは

「ぬりえ」

地上絵が絵葉書サイズの「ぬりえ」になって、設置されたテーブルに置いてありました。
「自分で地上絵をぬってみよう!」というわけです。クーピーペンシルが置いてありました。
出来たぬりえは、前の壁にセロテープで貼れるようになってます。
たくさんのぬりえが、所狭しと重なり合って貼られています。

息子はさっそく椅子に座り、ぬりえを始めました。茶色で枠を丁寧になぞっています。

私は壁に貼られたぬりえ達を見ていました。

大人も子どもも、多くの人が楽しそうにぬってる姿が目に浮かびそうな、ステキなものでした。

全体的に見渡していると、一つのことに気づいたんです。

「虹色に塗ってる絵が多い」

なぜ?

ナスカの地上絵展では、これといってどこにも虹は登場しません。

壁や天井、床に地上絵が光の線で投影されているのですが、それに「虹っぽい色」が見えるからかもしれないけれど。

全く知らない多くの人が、虹を感じて7色のぬりえを仕上げた、というその不思議な現象に

私はなんだか、感動したんです。

平和を望む思いかな、みたいな。そんな気分でした。

もし行くチャンスがあったら、ぜひぬりえコーナー、見てくださいね。
ちなみにうちの息子は「茶色と黄色」の二色でしたわ(笑)めっちゃ普通やし・・・

9月のヨガ&ジャンベ瞑想

久々の再開です。
「ゆるヨガ」のインストラクター、私の大好きなお友達の「いっちゃん」のヨガと
ジャンベ瞑想のコンビワークショップで~す。

日時:2007年9月17日(祝) 11AM-2PM
場所:自由空間ミューラシア
    大阪市西区九条南3-10-15
    http://www.mmjp.or.jp/mulasia/space/

内容:ゆるヨガ 11AM-12:15PM
   ジャンベ瞑想 12:30PM-14PM

参加費: 4,000円+ヨガマットレンタルの場合別途300円
      (ヨガのみ、ジャンベ瞑想のみの参加は各2,000円)

申込みはミューラシア mulasia@aqua.email.ne.jp
またはtoniまで moonflower8613@yahoo.co.jp

icon:cloverお願い:ジャンベまたは太鼓をお持ちの方は、たいへんお手数ですが、太鼓持参でご参加ください。ご協力をお願いいたします。
会場の太鼓貸し出し台数は10台で先着順です。


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今年の猛暑は本当に猟奇的だと思います。
自称「おっさんレディ」の私、toniですが、とうとう「キャラに合わない日傘デビュー」しちゃったくらいですからicon:mystify

この暑さに
「疲れやすい」
「生理が不順」
「食欲や気力がない」 または逆に
「食欲過多」なんてことが自分の体に起きているのは、全て正常なことです。
(正常という表現が誤解を招くかもしれませんね。正常な反応という意味です)

症状や感情は、自分を「いま」の環境に順応させ、生き延びさせるための自己防衛的なものだと
私は考えています。
だから「自分の調子が悪い」からといって、自分自身や、環境を責めてみたり、
症状を抑制またはやっつけようと闘うのは、余計にストレスを増やす原因になるかもしれませんね。

いっちゃんのゆるヨガは、自分で体を意識しながらセンタリング(体の中心を意識、調整する)できます。初心者でも大丈夫。
ヨガの後、ジャンベ瞑想で体も心もリラックス。リズムと音、そして振動が心と体をヒーリングに導いてくれます。がんばらないで、夏の疲れをほぐしてみましょう・・・。

いっちゃんのゆるヨガ:http://blog.goo.ne.jp/fountain519

タイミング

「おかえりなさい」

この言葉が大好きです。
何度となく、私はこの言葉を強烈に印象づけられる体験をしたことがあります。
今日、8月15日。とても感謝の気持ちに満たされているので、そのうちの一つを書かせて頂こうと思います。

あれは1999年10月21日のことです。夕方6時頃だったと思います。
私はアメリカのユタ州、ソルトレイクシティのコミュニティ・カレッジに短期留学していました。
当時3歳の息子は、カレッジ内の保育所に預けていました。
その日の夕方、息子を迎えに行き、いつものようにマウンテンバイクに取り付けたチャイルドシートに息子を乗せ、ヘルメットをかぶせ、私はマウンテンバイクにまたがり、勢い良く坂道を走り出しました。

長い坂道でした。目の前に広がる赤土の山々、背後には真っ赤な夕陽。あまりの美しさに私は歌を唄って気持ちよく坂を降りていました。
しかし心の奥底は、闇でした。私は、子どもの頃からずっと、ほとんどいつも、生きているのが嫌でした。死ぬ事ばかり考えていたのです。

でもその一瞬は本当に美しい光景に包まれていて、私は幸せな気分でした。
坂道の下には大きな交差点があります。前方から来る大きなトラックが左折しようとしています。
信号は青ですから、歩行者が渡る間、トラックは交差点で停まらなければいけません。
私は安心しきっていたので、スピードを落とすこともなく、信号を渡るべく坂道を滑り降りました。

ところが、トラックは止まらなかったんです。

私と息子が乗ったマウンテンバイクは、交差点でトラックの横腹に突っ込んでいきました。

その瞬間の記憶は、ありません。

けたたましいサイレンの音に目覚めると、どうやら自分は、そのサイレン音を出して走っている救急車の中に居るようでした。一瞬にして我に返りました。私は息子を殺してしまった!そう思いました。

「私の息子はどこ?彼は生きているのか?」私は叫びました。息子を探したくても、
私の首は固定されていて動きません。体の感覚はありませんでした。

私の右腕を、誰かが掴んで言いました。「息子さんは大丈夫。奇跡的に無傷だったわ。あなたの右となりに居るわよ」

私は気を失いました。

いったい何分経過したのか分かりませんが、私は再び目ざめ、恐怖に身が凍る思いで叫びました。
先ほどの記憶はありません。
「息子はどこ?私は息子を殺してしまったの?」

さっきと同じく、首を動かすことはできません。
また誰かが私の右腕を掴み、サイレンの音に負けないように大きく、でも優しい声で言いました。
「息子さんは大丈夫。奇跡的に無傷だったわ。あなたの右となりに居るわよ」

さっきと全く同じ口調で、全く同じことを言ったんです。多分、救急隊員というのは、このような場面を何度も体験しているのでしょう。動揺させないよう、同じ言葉を繰り返してくれたのだと思います。

私はまたもや、気を失いました。

結局私は三回目を覚まし、同じことを言い、同じことを言われて気を失いました。

4回目に目覚めた時、私は病院のベッドの上にいました。
話によると、6時間意識不明だったそうです。
頭を強打したことによる脳震盪だったみたいです。

この時、私は初めて「生きさせてくれた。ありがとう」と感謝して、そして生きている嬉しさに爆笑したんです。

この体験は私にとって大きなものでしたが、いわゆる「臨死体験」みたいなものではないと思います。
本で読むみたいな「光に包まれて」とか、誰かに「まだ、あなたはこちらに来てはいけない」と言われたわけでもないし。
意識不明だった間のことなど、全く覚えていません。真っ暗闇なんです。

正直言って、そのことが残念だって思っていました!
私だって、臨死体験みたいな特別な体験をしてみたい!光とかを見てみたい、と欲張りなことを思ってたんですよね。はっはっは、笑っちゃいますよね~。

この話は、何度も何度も、いろんな人に話してきました。私がこの体験から得たものは、とても大きいし、おかげで今があると、心から感謝しています。

そして6年後の2005年10月21日、事故と同じ日に、私はジャンベ瞑想の師匠、ココモン・クロッティ夫妻に出会いました。
この出会いから5日後、ココモン氏に「この子は日本でジャンベ瞑想を始める」と予言される事になるんですが。まあ、これはいつかお話します。

話が、あちらこちらに飛んでいてごめんなさい。

昨年、2006年5月末、京都の乾窓院というお寺で、女神画の小田まゆみさんのWSに参加しました。
2泊3日の合宿でした。このWSは、瞑想などを取り入れながら、自分自身を見つめ、感じて、自分の「ボディマップ」を描くというものでした。
等身大の自分を、自由に描く。そんなワークショップです。
私は絵が苦手です。高校生の頃、美術の教師に作品を却下され、留年しかけたのを機に、絵を描くことを辞めたのです。
このワークで20年ぶりに絵を描かなければいけないのは、ものすごい苦痛でしたが、少しずつ私のボディマップが生まれていました。
突然、私は両手に絵の具を塗りたくり、ボディマップのあちこちに手形をつけました。なぜそんな事をしたくなったのか、分かりませんでしたが、止まりませんでした。

最終日に気づきました。体中、特に胸や足、性器、腹、そして首などに手形がついていることに。
この手は、子どもの頃から私が受けてきた、さまざまな性暴力だったのです。
大人たちが、幼い私の体に触れた、その手でした。
喉に手形がついていたのは、象徴的なものでした。

私は大人たちの力によって、黙らされてきたということです。

私は自分の絵を見て、爆発しそうな怒りと、憤りと絶望、無力感を全身全霊で体験しました。

ボディマップつくりが終わり、WSの最後に全員がシェアリングをする時間が来ました。
皆がそれぞれ、自分の感じたことをお話してくれました。
皆の話を聴きながら、私は新たな気づきを体験しました。

あの手形たち。私の足首やすね、太ももにたくさんついている手形を思い出しました。

私はその瞬間、愕然としたんです。

1999年10月21日、トラックに衝突した私は、奇跡的に一命をとりとめました。
そのために、救急救命士、ERの看護士、医師の方達が最善を尽くしてくださったのです。
交差点で衝突して血まみれの私を担架に乗せてくれた救命士さんたちは、
私の足首を掴んだことでしょう。

このボディマップに描かれた手形は、私を性的に虐待した男達の手だけではないのです。

私を生かすために、最善を尽くしてくださった数名の方達の手でもあったのです。

私は自分が被害者だと思うあまり、私に触れた手は全て加害者で、
私を不幸に陥れた奴等の汚いエネルギーだとばかり思っていたのです。

私は自分の傲慢さを恥ずかしく思いつつ
大きな感謝の気持ちに包まれていました。

終戦記念日の今日、私は
これを書きながら、また一つ気づかせてもらいました。

「あの手形」は

母から生まれた私を取り上げてくださった方々の手でもあり
私がここまで育った中で出会ってきた家族や親戚や、たくさんの人たちの手だったのだ、ということです。
そして、嬉しい事に私の乳房からおっぱいを3年間、飲んで成長してくれた息子の手でもあったのです。

私が作った料理を食べてくださった人が「美味しかった」と肩に手を置いてくれた手や
ハグしてくれた手。
そんなたくさんの手形です。

ありがとう。これからもこの手形が、私のボディに刻まれていくことでしょう。

本に書かれている臨死体験とは違うかもしれないけれど、
あの当時の私は、その「光の体験」をするにはまだまだ至らないほどに
被害者意識だけで生きていたのです。
人間は学ぶために、各々必要な時間があります。
私にはこの8年が必要だったのです。これは学びの終わりでもなく、始まりでもありません。

本当にありがとう。

8月18日「アウェアネスーいのちとの対話ー」ワークショップ!

おかえりなさい♪

急なお知らせなのですが!
食・アート・からだのワークショップシリーズを開始します(全3回)

icon:sun食とアート、アートとからだ、からだと食。
3つの要素を2つづコラボレートし、触れ、観察し、匂いをかぎ、味わい、動き、感じ、思い出し、表現するワークショップです。3人の講師がペアであなたを心地よい魂の旅にガイドします。

◆ワークショップ
第1回  アウェアネス - いのちとの対話 -
日時  2007年8月18日(土) 10時~17時 
講師  谷裕子、森すみれ
会場  イーストウエスト対話センター (大阪・朝潮橋)
参加費  8、000円 (昼食付)

午前の部:
にんじん、トマト、かぼちゃ、木の実・・・
あなたが手に取った食べ物は、何を教えてくれるでしょう。
手が、指先が覚えている、やさしい記憶を辿る旅。
瞑想やお料理の儀式の後に、大地の恵みを美味しくいただきます。

午後の部:
食べ物の恩恵を感じ、感謝と共にマンダラを作って行きます。
「いのちとの対話」 - 美味しく語り、楽しく味わい、心とからだの感じるままに表現する。
大地で育まれた命を感じ共に過ごす1日です。

詳しくはこちらへ↓  イーストウェスト対話センター
http://www.east-westdialogue.org/07fab.htm

マインドフルな太鼓の瞑想会

おかえりなさい。

アメリカで、太鼓と食のヒーリングワークを終え、帰国してからはやくも1ヶ月経過しました。
その間、東京に行って、性被害にあった人への対応講座の講師をさせてもらったり
淡路島の「冒険の森」という素晴らしい場所で、たくさんの太鼓を森に持ち出し、台風直後の島の
風を感じながら太鼓の瞑想をリードさせていただくなど、すばらしい恵みの日々をいただきました。

たくさんの出会いと癒しのとき、そこにはいつも私たちの先祖が居てくれてるんだなーって
いつも思います。顔も知らない先祖達のおかげで、私とあなたが出会っている。
私とあなたが出会う時、たくさんの先祖が出会っている。
私とあなたが交わす言葉、触れる手、喉を潤してくれる水、そして空気・・・
すべてがこの宇宙で循環している、エネルギーなんだなって思う。

淡路島では、サークルの真中に火を炊いてもらいました。
アメリカで体験した森のジャンベ瞑想を思い出しました。まさかこんなに早く、日本で野外の太鼓瞑想ができるとは。驚きに満ちています。
そして火の隣には、淡路島冒険の森のオーナーご夫妻が心をこめて育てて収穫してくださったお野菜たちを置かせてもらいました。
30分間、太鼓を叩く間、私たちの感謝、そして自然界全ての愛が、その場に満ち、背の高い木々に囲まれたその太鼓サークルは、強くて包み込まれるような風と木々の奏でる力強い「生命の歌」で、その幕を閉じました。30分間、太鼓の愛のバイブスをたっぷり受けたお野菜たちを、夜はオーナーご夫妻の手でお料理していただき、みんなで味わったそうです、残念ながら私は急用があり、淡路島訪問3時間。過去最短記録を更新しちゃった。

そして7月28日(土)。朝11時半。
2ヶ月ぶり!!
「自由空間ミューラシア」さんでの定例ココモンクラブ:ジャンベ瞑想。
なんと!約20名の方がご参加くださいました。
当日理由によりこられなくなった方が二名居て、太鼓が二台空いたのですが・・・。

朝、ミューラシアに向う途中、伊藤さんからお電話。

「お二人突然申し込みありましたけど、どうですか?」

うまいことなってますねえ。
久しぶりのジャンベ瞑想、おかげさまで満員御礼です。
なんとそのうちのお二人は愛知県から!! 来てくださったのですよ!
先日、東京で私がレイプ被害者としての自分の体験などを語ったのです。その時に参加してくださっていたそうです。嬉しいです。

朝早くからありがたいです。

今回も終わってから一人ずつ感想をいただきました。
「太鼓の音以外の音が聞こえてくる~」
「人と合わせるというのは抵抗感があるな。」などなど、みなさんそれぞれのご感想をいただきます。

今回は初参加で、小学校5年生のわが息子も居ました。

何回かやってみて思います。これはアメリカも日本も同じ。
だんだんリズムが早くなるんです。皆が、忙しさに慣れて「急いでる」からです。

私は最初の頃、早まるリズムを遅くするようにしていました。
でも、それは私の中にある「不信」「不安」だと気づきました。
「この場を信じる」ということを学ばせてもらいました。
どんな人が来ても、ひとたび一緒に太鼓を叩けば何らかの形でつながります。
乱れたリズムもいずれは「ひとつ」になります。

6月にアメリカで体験したことをヒントに、今回はいつもと違うことをやってみました。
皆さんにお水を持ってきていただいて、瞑想中にサークルの真ん中に置きました。

水の結晶という本があります。
http://www.hado.com/books/page.htm
「ありがとう」「感謝」「愛」という言葉や、美しい音楽などを聞かせたりすると、水の結晶は美しくなります。

ココモンは言います。
「太鼓のバイブレーションは、太鼓の形になって先祖に守られている。叩いている人間が出すエネルギーがいかなる状態であっても、太鼓のエネルギーとバイブスは愛なのだ。」

私達の体の大部分は水。水袋のようなものです。
私達が自分や他人に「お前はダメだ」と言えば、そのバイブスが水袋にめぐりますね。

気持ちよい、という感覚はそのまま振動として 自分と他者の体に響きますね。
これからもこんな遊びをやっていきま~す!

Sumo Ke Hedjoleh (愛と平和を!)

Mi Sumo Bo (I love you)

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