toniのおかえりなさい ~こころ・からだ・スピリットの放浪~

2007年09月

マインドフル・イーティング

おかえりなさい。

9月11日の新月の翌日から18日まで1週間の断食をしていました。
今朝19日起きて塩水を1リットル飲み、腸のお掃除をしました。
そして気功と太極拳をしてみると、

「丹田」というものが、ここですよ~~icon:heart_shakeって呼んでくれているような気分でした。

17日はヨガとジャンベ瞑想の日でした。今回もたくさんのご参加をいただき、楽しい時間となりました。
このブログをいつも読んでくださっているという女性が参加してくれたり、本当に心から出会いに感謝しています。

さてさて・・・

私は二ヶ月に一度くらい断食をします。3日から7日くらいかな。7日も続けると嗅覚、聴覚、視覚、などの五感がとても鋭くなります。窓を閉めて車を運転していても、目に見えない距離にあるファーストフード店や回転寿司から漂う匂いわかります。私はこれを、心と体の大掃除だと思って続けています。

断食明けは絞りたてのオレンジジュースを一日飲むことから始めます
Break (破る) Fast(断食) ですね。ブレックファースト(朝食)とはそこから来ているそうです。

でも劣等性のToniは今回、途中でジュースなんか飲んじゃったりしたので~(笑)
だから断食明けもユルユルです。大好物の無花果を食べました。

無花果は子どもの頃、育った土地の産物です。いつも夏の終わりから秋にかけて、これを食べるのが一番の楽しみです。

先っちょを指でつまんで、皮をむく。
「ぷつ ぷつ」って言いながら、皮がめくれていきます。音が指先にも伝わってきます。

無花果と私の指が奏でる音楽

白い実が現れます。
指で転がすと、「ぺたぺた ぴちゃぴちゃ」って音が鳴ります。ひんやり手のひらが冷たくて、気持ちいい。

二つに割ってみると、とっても美しいピンク色の果実がこんにちは。甘そう・・・
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無花果ってとてもエロティックな果物だなあ、と思います。

無花果は丸ごと天ぷらにすると、これも不思議な美味しさです。お試しください。

次回は9月15~16日に奈良県で行われた「ホロトロピック・ブレスワーク」の報告をしますね。
素晴らしいワークショップでしたよ。お楽しみに。

アティテュ―ディナル・ヒーリング(②)

おかえりなさい

先日書いた「①」の続きです。

パーティー会場の隅でブースを出していた二人の男女。二人ともアフリカの衣装を身にまとっていました。アフリカから来てるのかなーと思いました。

私の手を引いて、このブースに連れて行った男性はビリーさん。ビリーはオークランドの郊外の教会や自宅で奥さんと共にAttitudinal Healing の活動を行っています。アートセラピーや歌を取り入れています。

ビリーはいきなり二人に私のことを説明しました。

「このコは日本から、たった一人でアメリカに来て、性被害にあった人の支援活動をしている。日本で癒しの活動をするために勉強しているらしい。」

・・・ふむふむ。ちょっと違うけど、まあ大体合ってるかな・・・。さっき2分ほど踊っただけの男性が、私のことを長年の友人のように、二人のアフリカ人(らしき人達)に英語で説明しているのを黙って聞いていました。なんか不思議だけど、まあ、いっか~・・・くらいのノリで。

すると、アフリカ人らしき女性の方が私の目をじーーーーーーーーっと見つめて、流暢な英語で言いました。

「あなたに、日本の女性と子どもを癒すツール(道具)をあげるわ」

目玉の後ろがゾ~ってなりました。なんかの魔法にかかったような感じ・・・
彼女の真黒い目がねー なんかこう、目の後ろまで突き刺さったんですわ。

私は「ツールて、なんじゃ?」と思いながら一応、「は、ど、どうもありがとう・・・」と答えました。
アクセントなどで、女性は南部出身のアメリカ人であることがすぐにわかりました。
(私は南部の男と結婚していたことがあるんで)

彼女は「私はアイ-シャ。こちらは私の夫、ココモン。二人で子ども達にアートで表現を伝えているのよ」
みたいな事を言ってくれたと思います。
少し離れて穏やかに微笑んでいたココモンが近づいてきて、私に握手を求めてくれました。
「僕はガーナから来てアメリカに住んで30年になる。君に出会えて本当に嬉しい。よく来たね。これを出会いの記念にあげよう」

"Up your Attitude!"Your Attitude is everything" と描かれたステッカーをくれました。
簡単に言えば「あなたの態度で全てが変わる」というような意味です。

高揚したまま3日間のパーティーが終わり、最後は世界各国のAttitudinal Healing centerが集まり、ミーティングをしました。私はAttitudinal Healing の存在すら知らなかったので(笑)なんとなく参加。
ココモンも居ました。彼ら夫妻はガーナでもセンターを設立し、活動をしていた時期があったそうです。

グループの中で私は日本という国で活動することの難しさについてシェアしましたが、うそっぽい励ましをもらうばかりで、最後にもどかしい気持ちになりました。

ミーティング後にMarin countyのジャンポルスキー夫妻宅にご招待いただき、楽しい時間を過ごしました。
興奮の3日間を終え、オークランドの自宅に戻って、再び性被害にあった人のサポートの仕事に戻りました。

10月26日(水)の夜7時。仕事から戻ると電話が鳴りました。アイ-シャでした。
「ゆうこ。今からセンターに来なさい。待ってるわよ」 電話が切れました

えらい一方的やなーと思いながら、私は車で10分程度のところにあるAttitudinal Healing Connection(AHC)を初訪問することになりました。

センターに迎え入れられ、部屋に入ると、そこに、アフリカの太鼓ジャンベが10台ほど、円状に並べられていました。そのうちの一つを持って、ココモンが座っています。
「気の合うジャンベを見つけて、座りなさい。『違う』と感じたら、席を変えていいからね」ココモンが言います。私は「これだ」と思うジャンベに吸い寄せられるように、イスに座りました。赤い胴体に、象が彫られているジャンベでした。

ココモンは簡単に挨拶して「今から30分間、瞑想をします。僕が叩くリズムをよく聞いて、同じリズムを叩いてください。3分間ごとにリズムを変えます。変化に気づいたら、あわせてください。これは異なる人間が心を合わせ、コミュニティを作るための『聞く』瞑想です」

そしてココモンはシンプルなリズムを叩き始め、8人ほどの参加者が一緒に叩きました。

生まれて初めて、太鼓に触りました。その不思議な感覚は今も鮮明に覚えています。

「何も怖くない」

1分もしないうちに、私の思考は消え、空中に浮かんでいるような感覚でした。

「なにもこわくない」 私はいつも、人や物事へ恐怖や不安を抱えているのに、この時、私には何も怖いものがなかったんです。
何かに似てる、この感じ・・・

それは料理をしている時と全く同じ感覚でした。

そうなんだ。料理していると、私はとても安全なところに居て、何も考える必要がなく
ただ生命の喜びを感じるがまま創る。料理する手の動きは全て「創造性」という愛の力に任せればいい。

太鼓に触れた事で、自分がどういう状態で料理をしているのか初めて気づいたんですね。驚きました。

あっという間に30分が過ぎました。

太鼓の瞑想を終え、ココモンが静かに話しはじめました。
「皆さん。今日はきてくれてありがとう。今夜は記念すべき嬉しい日です。僕の日本の友達ユウコが参加してくれているからです。彼女は日本に帰ったら、この瞑想をはじめることになる」


  icon:questionicon:questionなんだってicon:questionicon:question聞いてないぞ、そんな話!!

・・・続きをお楽しみに。

女神たちのプレワークショップのお知らせです

おかえりなさい

10月はこんな感じで~ すてきな女性たちの女神パワーが生まれていきそうな予感!
JAH-PANの女神が世界にラブの光を撒いちゃうかもよ!ふふふ・・・なにが出るやらお楽しみ。


◆女神たちの プレワークショップ(仮題です)

第2回 エナジーフロウ- 内なる女性性の源流をもとめて ~アートセラピーとタッチのコラボワーク~
日時  2007年9月17日(祝) 10時~17時
講師  森すみれ、こやごれーこ
会場  イーストウエスト対話センター(大阪・朝潮橋)
参加費  7、000円 
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第3回 食・アート・からだのワークショップ

とき:2007年10月8日(祝)10時~5時
場所:イーストウェスト対話センター
参加費:8000円(昼食つき)

詳細はこちらのHPをご覧下さい。
http://www.east-westdialogue.org/07fab.htm
お問い合わせは、イーストウエスト対話センターまで。

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関連ワークショップ&イベント

●10月26日から28日(午後12時まで)at 乾窓院
「女神」ワークショップ  by  小田まゆみ
 http://www.east-westdialogue.org/07oda.htm

  toniのヒーリング女神ご飯があるよ~♪

●10月28日 午後3時より at NHK 京都文化センター
 小田まゆみさんと、占星学家の、鏡リュウジさんとの対談

<小田まゆみさんのプロフィール>

 女神の版画等で知られる、国際的な画家・環境活動家。自宅のあるジンジャーヒル農園(ハワイ島)は、パーマカルチャーの実験農場でもあると同時に、リトリートセンターとしても、様々な癒しと学び、交流の場となっている。

アティテュ―ディナル・ヒーリング(①)

おかえりなさいicon:cherry

私は2006年の12月16日から毎月1~2回、アフリカのジャンベという太鼓を使う瞑想会をしています。
これは「マインドフル・ドラミング」というもので、私の師匠:ココモン・クロッティ氏がアメリカのカリフォルニア州ウェストオークランドで始めた瞑想会です。

「マインドフル」とは「意識する」という日本語訳になるかと思います。
「マインドフル・ウォーク(歩く)」「マインドフル・イーティング(食べる)」など、マインドフルにできる
瞑想的な動作は、とてもたくさんあります。

「意識して叩く太鼓」って日本語だと不自然な感じ。だから「ジャンベ瞑想」って言ってます。

ジャンベ瞑想をはじめるに至ったステキな出会いのお話をちょっと書いてみたいと思います。

ジャンベって、どんなものかご存知の無い人も居ると思うので、ココモンとジャンベの写真をば・・・

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太鼓の皮の部分はヤギの皮です。皮の中心部分に一本の筋が通っているものも多いみたいです。
これはヤギの背骨の部分なんですよ。ジャンベに触れるのは、体にもいい影響があります。このお話はまたいずれ。

私がココモンとアイ―シャ夫妻に出会ったのは2005年10月21日金曜日の夜でした。
カリフォルニア州のSanRafaelという街のはずれにあるホテルのパーティー会場でのことです。

世界的に有名な精神医学者:ジェラルド・ジャンポルスキー氏が設立したCenter for Attirudinal Healing (CAH) の30周年記念パーティーでした。

私はジャンポルスキー博士の本に大きく影響を受けており、いつか氏に会いたいと強く願っていました。

2000年の秋、大阪市内の女性センターの図書館で、ジャンポルスキー氏の「やすらぎセラピー」という本に出会いました。タイトルに惹かれたのか、覚えていませんが、気が付いたら私はその本を手にしていました。

その頃の私は、精神的、経済的に非常に苦しい状態でした。
「なぜ私は何もかもうまくいかないのだろう。どうせ努力しても苦しみが増すばかり。やっぱり生まれてきたのが間違いなんだ。こんな親の間に生まれて、不幸のどん底だ!!!」と。
叫びだし、全てを投げ出してしまいたい・・・そう思っていました。

氏の本の中にこんな感じのことが書いてありました(正確な本文ではありません。あくまでうろ覚えです)。

「あなたは今日、とても辛い状況に立っているかもしれない。
激しい痛みや耐えられないような試練が起きているかもしれない。
しかし、明日あなたが目覚める時、自分の人生をどのように感じるかは、あなたの責任である。
つまり、この瞬間も、明日も被害者で居るのは、あなたがそう決めているからである」

・・・とまあ、そんな感じのことが書いてありました。

私は、ひっくりかえって大笑いしました。 後ろにいた息子(4歳)は突然お母さんが爆笑したので「な、なに?」とビックリしていました。

なんでかというと・・・

「被害者で居るのは、あなたがそう決めているからだ」って・・・
そうだわ、誰にも頼まれてないのに、私は被害者になってるやんかー
って、自分のおかしな癖に気づかせてもらえて~
可笑しくておかしくて。

その本を読んでからも数年間は、同じようなことで悩みつづけました。

「ジャンポルスキーさんのセンターに行ったら私も癒されるかもしれない!!!」って本気で思いこんでいました。でも来月の家賃が払えるかどうかも判らない状態の当時の私に、アメリカに行ける余裕などありませんでした。

2001年のある日、私は「スピリチュアル・リーディング」をされる男性に相談しました。
「私は何もかも止めて、いますぐアメリカのジャンポルスキー氏に会いに行くべきだと思う。」と。

するとその男性は静かに言いました。「ダメです。今のあなたは、氏を崇めて幻想を見ているだけです。それでは今までのユートピア幻想と同じなんです。必ず氏と肩を並べ、同じ目線で微笑みハグをする日が来ます。その時まであなたは自分の宿題をしなければいけません」

私はとっても不満でした。でも現実問題、今すぐ渡米するなんて無理でした。
気持ちを切り替えるしかなかったので、現実に向き直り、料理のスランプも、人間関係のトラブルも解決に向けて努力してみました。結果、そこから多くを学べました。敵対していた人とは、今も親友としてお付き合いしています。

月日が流れました。そして気づいたら私はカリフォルニア州に住んでいて、オークランドで性被害者支援の仕事をしていました。
ある日オフィスでふとジャンポルスキー氏の本のことを思い出して、インターネットで検索したところ、おびただしい数の情報が出てきました。画面の一番上に「Center for Attitudinal Healing」とあります。

「なんだろ?」と思って開いてみると、ジャンポルスキー氏のセンターのHPでした。
Marin county, つまりオークランドから1時間以内の町です。

そして「30周年記念パーティー!2005年10月21日」と書いてありました。ちょうど1ヶ月後でした。

ジャンポルスキー氏に会えるかもしれない。迷わず申し込みました。

パーティーの当日。仕事を終えて夕方の渋滞をすりぬけ、San Rafaelのパーティー会場に到着しました。
広い会場には、たくさんの人が居ました。もちろん知らない人ばかりなので、私は緊張していました。

ジャンポルスキー氏が会場の舞台近くに居ます!!!
わー!本物やわ~!!だいぶおじいちゃんやな(おっと失礼だわ)

しばらくして氏が会場の外に出て行く姿を見たので、ついて行きました。
チャ―ンス!!ロビーで二人きりになりました。「み、ミスター。私はあなたの本で人生が変わりました。ずっと会いたかったんです」と言いました。するとジャンポルスキー氏は私の手をぎゅーっと握り、「日本人が数人来ているぞ。一緒に探しに行こう!」と、そのまま私の手を引いてホテル内を散歩し始めたのです。

5分ほど手をつないだまま、ホテルの中を歩きまわりましたが、日本人の姿は見えません。

氏は「まあ、3日間のパーティーだから、そのうち見つかるよ」と言って、私の頬にブチュ―っとキスをして去って行きました。

・・・チュ―された!!!しばらく呆然としましたが、会場に戻りました。
ほどなくパーティーが始まりました。素晴らしい時間でしたよ。歌あり、ダンスあり。感動のスピーチあり。

ダンスで私のパートナーだった男性に自己紹介をすると、彼は「キミに会わせる人が居る」と、突然私の手をとって歩き出しました。

「今日はやたら手を引かれる日だなあ」と思いながらついて行くと
会場の隅に、長いテーブルをL字型に置いたブースで本などを販売している黒人の男女が立っていました。男性のほうは、パーティーのオープニングでアフリカの太鼓を演奏していた人でした。

それが、ココモンとアイ―シャとの出会いでした。

続く♪

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笑うこと

おかえりなさい♪

自分の体の感覚や動きが、感情がどのように繋がっているのか・・・
というのを実体験させてもらったことがあります。

29歳の秋 でした。
アメリカはユタ州に住んでいた頃に、友人から紹介されたNLP(神経言語プログラム)セラピストのダーリーン。

彼女は最初の20分程度、私の話を聞いてから、「私は運動力学と心理学を融合させてセラピーを行います。あなたの体の動きを観察しているのよ。あなたは、あるテーマについて話する時になると、胸を手で抑えて上半身だけ前に乗り出して喋っていたわ。そういう癖から、その人の心の中を自分で見つめていけるお手伝いをするのが、私の役目なの♪」と説明してくれました。

初回のセッションで、彼女は見事に私が封印した忌々しい記憶を呼び覚ましてくれました。

それはソロバン塾の講師から
11歳から約1年間、塾を辞めるその夜まで続いた性的な虐待でした。

私はそれを記憶から抹殺して大人になりました。
自分で自分に言い聞かせたのです。
「加害者は逮捕されて刑務所に居る」とか
「あれは悪い夢だった」とか いろいろ。

抹殺したつもりでした。
うまく自分も世界も騙せたつもりでした。

ところが自分にウソをつかずに生きられるように
楽になれるように
私はちゃぁんと 大きな光に見守られていたのです。

私が20年近く沈黙を続けたのは
あのことを人に言うと、自分が汚れた罪深い人間だと
一生消えない焼印をされるような気がしたからでした

ダーリーンに話をはじめた私は、解離していて無表情でした。
次第に恐怖や怒りがこみあげてきました。

ワナワナ震えて泣いている12歳の私と29歳の私。が、そこに居ます。

ダーリーンは涙目で私の話を聴いてくれていました。

「こんな悲惨な話、するんじゃなかった。この人も不愉快に決まってる。初回セッションでセラピストに嫌われるに決まってる。」私は思い出したことも話したことも後悔していました。

どうせ「かわいそうに・・・」って言うんだろう、と思っていました。

そして・・・

ダーリーンが口を開きました。

「じゃ、頭の中にその講師を呼んでみて。彼の首から下を3センチくらいに縮めるのよ」

    へicon:face_watching・・・???・・・なんですと・・・??

「それから超失敗したアフロヘアーにして、頭のてっ辺にバリカン入れて真中だけ剃ってしまいましょーよ。 icon:face_mischievous
ね?すんごいマヌケでしょ?その人。なーんにも出来ないわよ。じゃ、その人を大きなパチンコのゴムにはさんで、宇宙の彼方に飛ばしちゃえ!せーの!!はい!!」

私は本当に言われたとおりに想像して、頭の中で実行しました。

「飛ばし」終えた私は、ダーリーンの顔を見て爆笑していました。
ほんとに、この失敗アフロの豆粒オヤジは、私の頭の中で、宇宙の向こうに飛んでいったからです。
体全体の緊張が一瞬、解けたのを感じていました。

「どんな状態でも、あなたは自分の内側から笑いを見つけ出すことができるの。笑ってるのが本来のあなた自身なの。このスキルはいつでも使える。もうあなたのものよ」

アタシって、かなり無理して陰気な自分で居ようとしてなかったか?

辛かった経験を笑い飛ばすって気持ちいい!
これって、ちっとも悪いことじゃない。それどころか楽になったわ・・・。

と気づいたのは、この時でした。

セッションが終わってから、ダーリーンは「水は浄化。全部飲み干しなさい」と言ってコップ一杯の水を渡してくれました。その水が喉、食道を通って胃に届いた時の感覚は、体が覚えています。

おもしろかったのは、最初に指摘された
「胸を手で抑えて上半身だけ前に乗り出して喋る癖」
が、その一回のセッションで止まったのがとても不思議でした。その「動き」と何かが関係していたんでしょうね!おもしろいですね。体とこころって。

もうその癖が無いから、原因もわかりませんけどね~。

ココモンも言います。

「真の平和(Hedjoleh)は 笑いの無いところには生まれない」

平和は 個人の内側から 始まるんやな~と思いました。

語り部とか

おかえりなさい

とつぜんですが、私は 昔話とか 語り部なんていうのが好きです。
太古の時代に、今の体ではない自分の意識体が、違う身体に宿って体験していた生命や時間、人生というのに、時々連れていってもらいたいから、私には、彼等語り部が必要なのです。

私一人だけで、それを実行しようとすると、なんか違う方向に・・・気がついたら
「気づき」とか「スピリチュアル的に正しいのか」とか、要らないことを考え始めます。
私が安心する「おじいちゃんな世界。翁の世界」が見たいんです。

私は語り部への憧れが強いのだと思います。だから、ついつい語りすぎる、今まだまだ青い37歳です。

今日、いつものように車中で息子と会話していたら
急に、「武勇伝」ぶちかましたくなっちゃいました!

「今日はどのを話しよかな・・・」と考えたのです。

Toni「あんな、おかーさんが10歳くらいの時に、おばちゃんの家に行ったことあるねん。そこで叔母ちゃんが言うてん。」

 『やー!ちょうどええわ!シュークリーム作ったところやねん!食べていって~。ちょっと焦げてごめんなあ。シュークリームは難しいから、毎回失敗するねん』

彼女は日本舞踊のお師匠さんだった人で、何度か賞をもらっていたとか。着物の着こなし最高にカッコええ美人やった。お料理上手で親戚中の人気者だったんです。

でも同時に夜は新地でスナック経営してた。だから一部の人からは低く見られていたみたい。
叔母ちゃんの料理は最高にお洒落な演出で、味も洗練されてたから、私は大リスペクトでした。

あたしは叔母ちゃんが作るものは全て美味しいと信じていた。

その「ちょっと焦げた、あんまりふくらんでないシュークリーム」をいただいた。

・・・あれ?おばちゃんが作ったのに、あんまり洗練されて無い味。っていうか焦げてて美味しくないなあ

でも、私は「家でシュークリームを焼く人種」
を生まれて初めて見た!!!

すごいやん?シュークリームを家で作る人って。

私はすぐに、父に「あんな、次の社会のテストで95点以上取ったら、「今田奈美子のお菓子ブック」買ってくれる??」

と聞いた。私は社会科大嫌い。国語やったらいつでも100点取る自信はあったが。
どうしても今田美奈子の本をゲットするには、

「難関突破なフリ」は、多少必要なのです。

私は次の社会科のテストで97点を取った。セーフ!!!

かくして今田美奈子のお菓子ブックをゲットした。
なぜ、それが欲しかったかというと、

シュークリームの作り方が

小学生の私に読める程度に書いてあったからだ。
(フリガナ付きやし)

そして、小4の私はシュークリーム製作初体験
ある日曜の朝早く起き 静かに材料を調える。
家族は全員寝ているからだ。
だってまだ5時やもん 

胸をワクワクさせながら朝9時頃、全員が起きて正気になってる頃に、作り始める。

生まれて初めてのシュークリーム。まさに一球入魂。
オーブンの中で「ぷく~ぅん♪」と膨らんだシュー皮を見た時の感動と興奮は今も忘れられない。

「あの憧れのおばちゃんが出来ないこと、アタシが一回で、できた!」

出来あがったシュー皮を見ながら、カスタードクリームを作る。そして詰める。

初めて末っ子が作ったシュークリームを食べた私の家族は感嘆の悲鳴を上げた。
「ゆうこのシュークリームめちゃ美味しいわ!!
来週も作って!!!」
全員がそう言ってくれた。

私はその日から毎週土曜日、飽きもせずシュークリームを焼き続けた。二年くらい続いたと思う。

なんでかというと、毎週、家族は本当においしそうにシュークリーム、いっぱい食べてくれたから。

いつも心の中見せずにウソついてる家族が、美味しいって言うて食べてくれてる。

「もう一個、食べてもいい?」て遠慮がちに聞いてくれる。
末っ子で出来も器量も悪いけど、なんか「かいらしい」Toniにリスペクトして聞いてくれるねん!すごいやろ?

家族は「土曜日は裕子のシュークリームの日」と決めていた。
母親は、いつの間にか「予約注文」を始めた。うちの母親はナースだった。
「来週、夜勤やから。裕子のシュークリームを詰所に持っていってみんなに食べてもらうねん」
私は次第に毎週土曜日、ナース用も併せて100個くらいのシュークリームを焼いていた。一般家庭のオーブンで作るには、全部で6時間以上かかる作業である。

それを、母親が夜勤に出かけるまえ、夜10時20分までに
全部焼き上げて、冷まして、クリーム詰めを済ませて詰め所に持っていける状態にしておくのが、私の仕事だった。

これが飲食業で役に立ったんだなあ。お客さんの注文どおりに
商品を準備する。という作業、責任。

18歳になり、ケーキ屋でスカウトされて見習い職人になった。
その1年間シュークリームは、おそらく10000個以上焼いたと思う。今ではレシピも量りも要らなくなって、ただ適当に混ぜたら、体が覚えてる生地の硬さになっている。

で、最後に何が自慢かって言うと・・・

いままで20年、シュークリームが膨らまなかったことが無い、ってことで・・・

ほんとに、このくらい長い前フリで息子に運転しながら喋ると
自分でつくづく思った

話、長い!!!すいませ~ん

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