
私の良き友人であり、アメリカ発の「女性と子どものための護身術:インパクト」という活動を日本で立ち上げた在米日本人女性が居ます。
彼女は年に一回程度帰国し、この護身術クラスを関西を中心に少しずつ広めています。昨年夏にはアメリカから講師を二名招聘し、3人の日本人をトレーニングしてインストラクター養成を実現。
彼女は今年も4ヶ月になる赤ちゃんを連れて帰国し、アメリカ人インストラクターを一名招き、去年修了した日本人インストラクター二名を中心に、インパクトの護身術クラスを実施しました。
去年の養成講座で私は通訳ボランティアをさせてもらいました。
今年はクラスでの通訳をお手伝いしました。
私も2年前、カリフォルニア州に住んでいた頃、この護身術クラスを受講しました。
3日間のクラスで私の人生は大きく変わりました。
私が抱えてきた子ども時代の被害体験を「自分で癒す」大きなきっかけになりました。
2年半経過した今、クラスの中で予期せず襲いかかられても、自然と体が技を覚えているので闘えます。
これは体験しないと分かりにくいと思うので、護身術について詳しい説明はここではしません。
ぜひ機会があったら体験してみてください。
さてこのクラスに居て思う事があります。「世界中の悪い奴等」に向けて「NO」と言える自分
世界中の抑圧に対して「そんなものは要らない!NO」と言える自分を体験するのは素晴らしい。
この護身術クラスでは、さまざまな抑圧によるトラウマを癒すために本気で戦わせてもらえます。
大切なことはその後だと思う
「あの時、闘えなかった自分」を、許せなかった自分が居る。
擬似体験とはいえ「闘う」ことで、自分の本来の強さを実感する。
その素晴らしい体験を
「明日からも憎むべき敵に立ち向かう自分」を作るための糧にはしてほしくない。
攻撃に対する攻撃は 平和の手段じゃない
怖れに対する怖れでしかない
加害者を生み出さない社会を作るには
ひとり一人がその気持ちを持つことから始まると思う
同時に、「被害者にならないこと」
もちろん、被害者になっても良いから、そこに留まる必要がないのを知ることは大切。
これは一人ではとても辛い作業だから ひとり一人が持っているアイデアを紡ぎ合わせていけたら素晴らしいと思った。
そんなことを考えつつ、昨夜帰宅したら、息子から手づくりの「しおり」が届いていました。
おかえりなさい
このブログのタイトルを「おかえりなさい」に決めたのは、その言葉が好きだから。私たちは日々自分を癒すために生きている。少しずつ、コケながら自分に帰って行ってるなーって思えるから、「おかえりなさい」なんですよね。
今朝、私は愛する人に電話をしました。話をしているうちに涙が溢れてきました。自分の体が、ある事を思い出したのです。悲しかったとか、怖かったとか、そういう感覚を押し殺してきたのですが、38歳の誕生日に向かって、少しずつ解れていってるように感じます。毎年、そう思うんです。
私は4歳の時に、急性腎炎を発病しました。それからの記憶は明確ではありませんが、大量に薬を飲んでいたことは確かです。どす黒い赤や青、緑色、だいだい色の錠剤やカプセル。まるで工事現場の警告サインみたいな怖い色合いの薬ばかりでした。小さな手のひらの上に、毒々しい色の薬が10錠ほど乗っかってて、それを飲まなければいけない苦痛。飲んだら薬が効いてきて、頭がぼんやり、思考が曇りはじめ、体がダルくなっていくのが分かります。皆みたいに動けないんですよね。
でもその苦しさは、学校の先生にもお医者さんにも、同級生、親にも分からないのです。
薬を飲みたくないけれど飲まないと、診察の時の尿検査ですぐにばれます。
二週間に1度程度、内科に通っていました。小学生とはいえ、男性の医者に触られたり胸をさらけ出すのは、とても恥ずかしい。冷たい聴診器は冬だと肌に突き刺さるほど痛いのです。それでも子どもの自分には何も抵抗できないと思っていました。先生は私の体を知っている。私の分からない病気の治し方を知っている人だから、先生の言うことを聞かないと、尿に結果が出ちゃうから、全部お見通しなんだと思っていたんです。子どもでしたから。母親は看護婦だったので、先生の前で私の衣服を平気でまくりあげるわけです。
「ゆうこ、先生に見てもらうから、服をまくるよ」って私の同意を得ることは1度もありませんでした。
薬がどれだけきつくて、辛いか、私は最後まで誰にも言うことはありませんでした。体をさらけ出されても、私は反抗することはありませんでした。仕方ない・・・そう思ってたからです。
先生は何でも知ってるから、正しいんだと思ってました。
薬に負けて私の体がだるいのは、私の忍耐力が足りないだけだと思っていたのです。
反発心の無い自分。
これが私が激しく嫌悪する「欠けている自分」でした。
幼い時、小さな田舎の小児科医院の診察室で、自分がいかに孤独を体験していたのかはどうしても認めたくなかったので、体の記憶を押し黙らせたのです。今朝、電話で話しているうちに私の口から出た言葉は、
「ホンマに怖かってん。誰も分かってくれへんから、ずっと一人ぼっちで怖かってん。私の体やのに、勝手に触られて嫌やってん」でした。
心の記憶はいろんなセラピーや書く、などで表現されて癒されていきます。
私はこの部分を集中的に癒せば自分はなんとかなると思っていました。
心がほどけて、自分を好きになり始めたら、今度は違うかたちで いろんなことが起きるようになりました。
「体の緊張」として残っている悲しみを癒す時は、少し時間をずらしてやってくるようです。
完全に癒されたら、自分がすごい人になるだろう~なんてアホなことを考えていたこともあったんです。
こうして解れていくことで得られるものって「楽」なんだなーと思います。
「納得する」と、次にいける。自分のからだで、行けるんよね。
「おかえり!」の次は「じゃ、また行ってらっしゃい。待ってるよ」って自分に言える感覚。
だんだん出発する時の荷物(緊張)が減ってる感覚。
おかえりなさい。今日もありがとう。
おかえりなさい
今回はお誘いです。
しばらく都合によりお休みをいただいていたジャンベ瞑想。
やっと再開できることになりました。
これまで利用させていただいていたミューラシアさんから、ジャンベを移動させ、今後は移動ジャンベ瞑想♪です。
これまでお世話になったミューラシアさんにはこころから感謝しています。
さらに、ミューラシアさんがジャンベを貸してくださるので、今後もジャンベ瞑想を続けられることになりました。ココモンがいつも言います。
「一度ジャンベ瞑想を始めると、そのリズムと音波が風に乗って伝わるから。一度やったら、終わりはないんだよ」と。信じて流れに身を任せることを、このジャンベ瞑想から教えてもらっています。
春のぽかぽか陽気になったら大阪城公園や川辺なんかでやりたいね~なんていってます。
さて前置きが長くなりましたが、今回のお知らせです。
とき:12月1日(土)午後1時から3時
場所:スタジオ音屋
住所:大阪市平野区平野東1-8-2-2F
TEL&FAX
06-4792-7100
HP:http://otoya.okoshi-yasu.com/index.html
参加費:2000円
※尚、今後しばらく食事付き瞑想会は会場の都合のためお休みします。とても残念ですが、ジャンベ瞑想で繋がりを感じた後、食事を一緒に食べるというコンセプトはつづけてみたいので、再開できると信じています。
私が飲食業界に足を踏み入れたばかりの頃、
私が働いていた小さな無国籍料理店のオーナーと二人で
よく夜のミナミ界隈でお店探索をしていました。
私とオーナーが「ここ入ろう」と行く店はたいてい、すごく美味しいんです。
美味しい店探しのアンテナが立つみたいです。
その夜も、ある居酒屋を発見して、何気なく入りました。
外から見ると普通の「赤ちょうちん」
中に入っても普通の赤ちょうちん
音楽は 演歌。
大将と料理人の男性お二人がカウンターの中で元気に働いておられます。
彼等の後ろにはズラリと並んだ日本酒の数々。
大阪の台所:黒門市場の近くにあるその店は、新鮮な魚がたくさん使われており、メニューもほとんど日替わりでした。
何を食べても美味しい。すばらしいお味でした。
2、3品いただいてから、私はせっかくなので日本酒を頼むことにしました。
すると、カウンター内の大将が「私に任せてください、あなたにピッタリのお酒を選びますから」とおっしゃったんです。目の細くてやさしいお顔の大将でしたが、その時も目は自信に満ちたカッコよさがありましたよ。
そんなカッコいいことを言われたことのなかった若かりしtoniは「お願いしま~す♪」と言って大将が注いでくれるお酒を飲みました。
どきっとしました。だって私は日本酒が苦手。
高くて、超辛口ですっきりしていないと翌日頭が痛くなるので、普段は飲まないんです。超辛口が好きなんて言ってないのに・・・。
一口飲んだ私の顔を見て、その方はにやりと微笑み
「お好みでしょう?お客さんの味の好みは、食べてる様子を見てると分かるものなんですよ。僕はこれが好きでね。お客さんにピッタリの味を見つけたら喜んでくれるからね」
と言いました。かっこいー!!!かっこよすぎ~!!!一気に大将のファンになりました。
オーナーも大将に日本酒を選んでもらっていました。「うん、ピッタリや。ええわ この店」と大喜び。
オーナーが言いました。「あんな、その人のその日の体調を観察するねん。声の調子、喋り方、体の動き、座り方とかな。そうやって注意してみてるとな、自然とその人に必要な味が伝わってくるもんやねん。この大将が言うてはること、俺もよう分かるで」と。
私は21歳くらいでしたが、「私は、こういう心構えで仕事できるようになろう」と心に誓いました。
私はさっそくその翌日から、お店に来られる常連さんの様子を何気なく観察したり、その人の味の好みを統計的に見るようになりました。手を触れることができる関係なら、その人の手の温度を感じさせてもらうこともありました。
私自身の摂食障害や依存的な食の嗜好も含め深く観察していくうちに、気づいていきました。
自分の体の状態を観察せずに食べている人、多いです。ボディ、マインド&スピリットがバランスよく手を繋いで体を作っていない時、食生活に顕著に現れます。一部の摂食障害もここに関わってきます。
今の自分の体が欲してないものばかりを選んで食べる人、多いです。
妊婦さんで、お腹の中のお子さんが「今は食べないで」ってお願いしてるメッセージが届いてない人も居ます。
そこには、さまざまな原因があります。その人それぞれの問題が「食の嗜好」というものに隠れています。
ただ、自分の食生活を改善すべきと知っていても、なっかなか変えられなものです。
大切なのは、できない自分を責めないことです。ここで知ってもらいたいのは、自虐的であれ、それは一つの自己防衛の形である可能性が大きいということです。
精一杯の方法で、自分を守ろうとしているんですね。私もそういう体験があるからこそ、そう思えます。
そのことを意識すると、少し心が緩むのを感じます。自覚・自認・受容・ゆるし。
すぐには変われないけど、気が付いたら自分の「癖」におおらかになっていくかもしれませんね。
17年近く前、オーナーと大将との出会いがきっかけで、今こうしていられることに感謝です。
オーナーのレストランはずいぶん前に閉店し、彼は今、三重県で無農薬農業をしています。
ちなみにこの大将のお店は今やずいぶん有名になっています。でもあいかわらず「赤ちょうちん」
そんなところがステキだなーと思います。
興味のある方、こっそり教えますよ~
私は尊敬するジェラルド・ジャンポルキー氏によってはじめられた「アティテュ-ディナル・ヒーリング」を常に生きる糧としています。
・・・といっても、アティテュ-ディナル・ヒーリングの存在を知ったのは、ほんの2年前。実際にジェラルド・ジャンポルスキー氏にお会いしたその夜まで、な~んも知らなかったのです。
ジェリー氏の著書「やすらぎセラピー」に出会ったのが2000年のことでした。またこのことはいつか書きます。
さてこのアティテュ-ディナル・ヒーリングとはナンでしょう。
ヒーリングの手技手法ではありませんし、何かの宗教でもありません。押し付けられるものは何一つありません。
ただただ己の心の姿勢を整え、日々の一瞬一瞬の選択を「愛と、内なる心の平和」を元に行う=つまり怖れを手放す。その生き方を「自分のために」続ける。自分以外の「○○のために」という理由付けをしている自己を見つめさせてもらえる、すばらしいセルフワークの理念です。
ワークと言っても、何かを書いたりワークブックがあるとか、そういうものではありません。いつでもどこでも体一つでできちゃいます。
現在世界各地にこの活動を行うセンターがあります。私の師匠、ココモン・クロッティの「Attitudinal Healing Connection」もその一つ。ココモンはアートとジャンベ瞑想を通して、このワークを広く紹介しています。
ココモンに出会い、ココモンをメンターとしてきた私は、彼との関わりを通してアティテュ-ディナル・ヒーリングをすべて体感しています。机に向かってお勉強の苦手な私のために、神様はステキな先生を与えてくれたの。
さて、私と同時期にアティテュ-ディナル・ヒーリングのセンターでインターンをされた精神科医の水島広子さんが2006年夏にアティテュ-ディナル・ヒーリング・ジャパン(以下:AHJ)を立ち上げました。
彼女のおかげで、日本に住むたくさんの人達がこの素晴らしいワークに出会っています。
二ヶ月に1度、彼女はアティテュ-ディナル・ヒーリングのファシリテータ講座を行っていて、
私は「体感ワーク担当者」として毎回東京に行き、体感型のアティテュ-ディナル・ヒーリングをご紹介させていただいてます。
大阪ではジャンベがあるので、ジャンベ瞑想を出来るんだけど、東京まで10個の太鼓は運べないので、「太鼓の瞑想」というネーミングですが、実際は自分の体に触れてリズムと振動を感じる瞑想方法を紹介しています。
ココモンは私に言います。「ジャンベに頼るな。マインドフル・ドラミングは太鼓が無くてもできる。一番のリズムは『からだ』なんだから」と断言します。
確かにその通り。
膝を軽く手の平で叩くと、全身に振動が届きます。実際は体の中はものすごい振動が24時間ノンストップで起きています。心臓が動いている限り。
たった10分、体に触れるワークをするだけでも、皆さん何かを感じてくださっているようです。
そしてもう一つ、私が体感としてご紹介するのが「食べること」マインドフルな食べ方です。
胡瓜を噛む時、あなたの歯には胡瓜を噛む振動が生じます。それは全身に伝わります。
噛むたびに音や強さは変わります。一瞬とて同じ振動と音はありません。
これは粥を噛む時も、たくあんを噛む時も同じ。
そしてすべての生き物が屍となって返った大地に育てられたその食べ物が私たちの口に届くまでの生命の歴史は、それはそれは長いものだと感じ、胸を打たれます。
その素晴らしい奇跡の出会い。ほんの数十秒間かもしれませんが、この世で、たった1度だけの音楽が
口の中で食材と歯によって奏でられる。
ただ噛むという行為かもしれません。だけどものは見ようによって大きく変わる。
一生に一度でも、そんな風に食べてもらえたら、嬉しいなと思って、広子さんのおかげでこのワークを紹介させてもらえていることに、私はこの上ない感謝を捧げています。
そしてこの長い文章を読んでくださった皆さまにも、心からお礼を言いたいと思います。
また良かったら遊びにきてくださいね~
アティテュ-ディナル・ヒーリング・ジャパンについて詳しく知りたいかたへ。ホームページはこちらです。
http://www.ah-japan.com/top.htm