toniのおかえりなさい ~こころ・からだ・スピリットの放浪~

2007年12月

ハグ

おかえりなさい

突然ですが、私は肉体の触れあいが大好きです。
授乳など大好きで3年続けました。
ハグも好きです。セックスも好きです。

最近は「Free Hug」なんて言葉が出てきて
日本人もハグに少しずつ抵抗が減ってきた年齢層も多いようですね。

私は家族からハグをされた経験はまだありませんが
日本に居て西洋の人と仕事をすることが多かったので、ハグ体験は20代からかな。
初めてのハグがいつだったか、覚えていませんが、戸惑いつつ嬉しかったし、安心感がありました。
全く知らない人たちと何度も何度もハグをしたのは、アメリカで初めて行ったヒッピーのお祭りでした。
グランドキャニオンの近くにあるBigMountainというところで一週間のキャンプ生活で、皆でまったりと平和を祈るギャザリング(集まり)でした。

その場に初めて行った時、アメリカ先住民族の男性に「おかえり」と言われました。
英語で言うと Welcome home です。その祭では、皆が出会う人同士で「おかえり」を言い合っていました。
最初はワケが分からず、周りの皆の様子を伺っていました。最初は皆が知り合いなのかと思っていました。そのせいか、疎外感もありました。皆は「おかえり」と言い合った後、ハグしていました。観察していると、どうも知り合いばかりでもなさそう。
っていうことは、私もハグしちゃったりしても、いいのかな~?なんて思って、やっちゃいましたよ。
いや~、ハマりました。「おかえりなさい&ハグ」。

簡単にハグするなんて、なれなれしいとか、性的な関係を解放しているような気がしたのが正直な気持ちです。もちろん、ハグした瞬間「この人、ちょっとキモい」っていうのもありました。必要以上に腰の辺りをまさぐる手もありましたから。
そういう時は、サラリと離れるようにします。不必要な微笑みも作りません。
どちらにせよ、エネルギーの交換だから、ハグはいいなあと思うわけです。

料理や食事にしても、いつも感じることがあります。
生まれて初めて、「アジの手開き」をしたことを今でも鮮明に覚えています。
小学生でした。
内臓を、指を使って出していく。
この行為に私は激しく感動しました。「この生き物の腹の中に指を入れていて、私はこの魚の中身に触れている」ということに感激したのです。このなまめかしさ。子ども心に残酷だな、と思う気持ちもありましたが、それよりも、私達が食べる、生きるということは、私達が生命を切り裂くことなのだと、その時に気づいたのかもしれません。

これはハグではないけれど、私にとって初めてのハグと同じ、強烈な肉体の触れあいでした。

食べるという行為も同じ。
二度と同じものを食べることはできません。たとえ同じ茶碗に入っているご飯でも、一粒一粒、出会っている米粒は私達一人一人が別人であるのと同じく、全く違うものです。

その一瞬は 食べ物とのハグ
食べ物との肉体の触れあい
食べ物とのダンス
食べ物とのセックス

そんな風に思います。

その瞬間を体験してもらうための食事を創らせていただいていることが、心から嬉しく思います。

Bless

いきるちから

この体も 心も 日々の糧も 全て与えられているものだと
頭では理解しているつもりでしたが

ふと 気づいたことがあります

このいのちは与えてもらったもので
それを生きる力も やはり与えられたものだった、と。

私は自力でがんばって 辛い時も 痛い時も 孤独も 生き抜いてきたんだと
思っていましたが

そうではなく この「生き残れた力」こそが「もらったもの」だったんだなぁ、と。

もっと知りたいから 生き残ったんだなぁ、と。

それは 私が特別に体力があるとか

運がいいとか悪いとか

すごい使命があるとか

徳が高いとか 

そんなんじゃなくて

みんなに同じだけ 与えられているんだと。

そして 自由とは 

困難があった時に

その「いきるちから」を使うか 使わないかを決めることかもしれない、と。

自由とは

与えられたいのちを思い切り味わい楽しみ尽くすと選ぶかどうか、かもしれないな、と。

その自由を 私達は与えられているのだということを

数えるほどしかない星を 街の夜空に見て 歩きながら

一人で思いました。

私の父は「夢がなくなったら人間は死んだも同じや」と言います

以前はそんな父に「勝手なことばっかり言いやがってこのくそジジイ」と思ってました(内心)

でも今は 父にありがとう、と思っていて

昨夜そのことを電話で伝えました

おかえりなさい

尻切れとんぼ

その島は地図には乗ってない 小さい島で
その島の地表は 朝日が当たるとオニキスのようにキラキラと黒く輝く
島民は幸せで 争いをせず 問題が起きれば
皆の問題だと考え 老若男女で対処する
祭は喜びの歌と愛に満ち溢れ 島民は愛し合う 囁きあう 響きあう

キラキラと輝くその地表には あまりの眩しさに見つけられていない
小さな洞窟があった  誰も知らない 

そこには女と子どもが一人ずつ 真っ暗闇で生きている
女は自分の体を見たことがない 暗闇だから
女は言葉も 感情も 体の部位の名前も 知らない
自分の名前を 知らない

「手」も「頭」も 「痛い」「悲しい」「嬉しい」も
どう感じたらいいのかわからない

子どもは女が産んだ子だった
しかし女は何も知らない だが子どもと一緒に居たいと感じているようだ

子どもが女の乳房に触れて 乳首を探し求め 乳を飲む
女はそれが すきだった しかし女はそれが「私」の「乳房」だということ
すら しらない

わからない 幸せなのか 苦しみなのか

ときどき 男が来る
「お前は醜いから 
俺たちの美しい世界に生きる価値がない
俺は哀れなお前を助けてやる 俺の言うとおりにしていれば
そのうち外に出ることができるだろう」

光り輝く島の中に 誰も知らない女と子どもが閉じ込められていた。

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しかし二人はいずれ 光icon:lightningに救われ
光の外へ出て行くことになる 男の言葉は全てが嘘だったと知っていく

しかし どうして助かったのか その方法はわからない

NLP(神経言語プログラム)というカラダ系のセラピーを初めて受けた時の衝撃は忘れられないものだった。このセラピーをDarleneから3ヶ月受ける間に、上の話を左手で無意識に書き始めた。
私の当時の状態だった。

多くの力で ゆっくりと 引き寄せられて 気が付いたら ここでヘラヘラと笑っている

その男に騙されたと思っていたけど
男の先祖にも騙されたと思っていたけど

本当は変わるのが怖かった
あのまま 何も感じないで されるがままに 生きたかった
そこが慣れた世界だから
その頃の苦しみは 自分を変えることに伴う苦しみよりはマシだと思ってた


全ては私自身が見て 真実だと思い込んだ片側の世界
光と闇 光と影 月と太陽 表と裏
善悪でも 正誤でも ない

あの闇の中を忌み嫌う必要はない。そこにどっぷり浸ることも、ないだろうけど。

光輝く幸せな島も 当時の私が他人に向けて見せようとしていた自分の姿だから。
いまは いまの 私でいいなと思った 冬の午後です。

お話は尻切れトンボだけど トンボは自由に飛んでます
ありがとicon:cherryblossom

こころのこもったもの

おかえりなさい

週末は2ヶ月ぶりのジャンベ瞑想を行う事ができました。

参加してくださった12名の皆様には心から感謝です。
今回は場所が違ったため、慌しく済んでしまい、参加者の方々とあまりお話できなかった事が反省点です。

ジャンベ瞑想の後、お茶を飲んでから、友人宅で週末を過ごしにいきました♪
「台所フェチ」と言いきれるほど、私は人の家の台所に立つのが一番好きです。

毎回、この友人の家の台所でいろいろな創作料理を自由気ままに作らせてくれるので、私は幸せ者です。今回は「卵を使わないお好み焼き」レシピを伝授すべく、toni出動!したのです。(一応ね、毎回テーマを考えるのも一つのコツです。なんのコツでしょうか?知りません。わっはっは)

どっちかってーと私は人にご飯を作る機会が多く、作ってもらうことが少ないです。

多くの人が言います。「プロに食べてもらうのは緊張する」と。
私がプロだからといって 毎日グルメな食事をしているわけでもないのだけど。
確かに、普段の自分の食事はシンプルです。肉アレルギーなのでハンバーガーも食べられないよ。
ほとんどが自分で作ったものを食べている日々なので、飲食業界に居た頃に比べれば、外食は少ないです。

だ・か・ら・こ・そ!私はたまにミーティングとかで「ファミレス」にいけるのが実はとっても楽しいのだ♪
だってーメニュー見てるだけで子ども気分でワクワクします。キッズメニューとか頼んでみたい!!と思ったり。まだ実践してないけど(ハンバーグもチキンも食べられないので)。

そうして嬉しそうに生ビールを飲みながら「●●グラタンください!!」と言ってる私を見て、周りの人はほぼ99%言います。
「自然食なのに?!」「プロなのに?こんな食事でも抵抗無いんですか?」って。
それってありがちな「イメージ」だと思う。少なくとも、私という人間は、食べ物を否定することができません。食べものは全て聖なるものだから。
ま、平たく言えば、私だってたまにゃー あーいう味も食べてみたいわけです。楽しいんだもん!

話がそれてしまいました。
さてさて友人が「ホットケーキ」を作ってくれたんです!!!それが嬉しくって嬉しくってこれを書いてるわけです。思わず写真撮りましたから。

02DEC-02.JPG

市販のホットケーキミックスに卵とか入れて、ホットプレートで目の前で焼いてくれるんです。嬉しかったぁ。いちばん可愛いと思ったプリンみたいなホットケーキを指差して「私、これ食べてもいい?」って、ちょっとドキドキしながら言ったら、友人は普通に「いいよicon:heart」って言ってくれました。当たり前の風景かもしれないけれど、私にはとても嬉しい時間でした。

その友人は夕方になると、今度はチャーハンを作ってくれたんです。正直言って感動しました。
大げさかもしれないけれど、人がご飯を作ってくれるって、私にはすごい大事件なんです。
すごくありがたいので、スープと和え物を作らせていただきました。

ご飯っていいですね。
(あ、ぜんぜんスピリチュアルな話題じゃない?)

多少の添加物とかが入っていても「あなたに食べさせてあげたい」と言って作ってくれたものが体の害になるとは、私はどうしても思えません。私は目の前に出していただいたものをただ感謝していただきます。そこに愛があるから、愛が全てだと思うから。

じゃあ、ファミレスごはんは?愛がこもってるかこもってないか・・・
これについて私は思うことがありますが、またいつかね~!

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