
おかえりなさい。
今朝、久しぶりに、私の大切な大切な、お母さん的存在の人である、
カリフォルニア州オークランドのアイーシャに電話がつながりました。
アイーシャは、ココモンの奥さんです。

ココモンは私が日本で行っているジャンベ瞑想の師匠です。
彼らは毎月最終金曜日の夜、ウェストオークランドの住宅街の一角で
ジャンベを1時間叩くという瞑想会を行っています。
偶然にも、電話した時刻は、アメリカ時間で最終金曜日の夕方6時半でした。
「あと1時間でジャンベ瞑想やるところよ~」というアイーシャ。
偶然とはいえ、おもしろいタイミングでした。
アイーシャが突然、言いました。
「裕子、知ってる?ユリの花は『許し』のシンボルなんだよ。」と。
「へ~、そうなんや~」と私。
アイーシャが続けます。
「昨日の朝、家の花壇のユリが、やっと咲いて、すごく嬉しかったのよ。
すごくきれいだったの。午後に、もう一度見に行ったのね。そしたらユリの花が全部、ちぎれて地面にばらまかれてたの。ちぎって地面にばら撒くなんて、なんのため??
すごく腹がたった。もし犯人を見つけたら、平手打ちしてしまいそう。許せないと思ったよ」
「そら、つらいわ~。ほんで、どないしたん?」と私。
・・・あ、英語ですけどね、この会話(笑) 訳が大阪弁なのは私のクセです。
アイーシャが答えます。
「どうしても許せないと思った。大切に育てて、花が咲くのをずっと待ってたのに。悲しいというよりも腹が立った。どうしたら許せるんだろうって、すごく考えたよ。
だけど思ったわ。許せない気持ちは、手放すしかない(Let go)って。手放そうと意識したら、さらに腹が立つから、そのままにしておくしかないって。これは自分が許せない感情にしがみついてる自分に気づくチャンスだったのよ。
だって、起こることすべてには、意味があるんだから。
きれいな花を見て、誰かにあげたくてちぎってしまう人も居れば、
同じ花を見て、ちぎって、これ見よがしに地面にばら撒く人も居る。
そんなことをしてしまうほど、その人の心は荒れて、痛い状態なんだから。
本人は、その自分の心の状態にすら、気づいてないかもしれないんだから。
必要なのは、やった人を責めることじゃなく、まず第一に自分の心の状態を知ることだってね。」
日々、加害者と被害者に関わる彼女が言うと、心に響きます。
私がオークランドで性被害者支援の仕事をしていた頃、毎月、刑務所に行って、加害者たちと関わっていました。
受刑者の多くは「自分は捕まって損した。運が悪かった。被害者だ」と思っている人が多いことを、この目で見ました。
私が関わっていたのは、受刑者同士のグループで「自分の行為が、相手にどういう影響を与えるのか」を知っていく、そんなプロセスでした。
アイーシャは、刑務所ではなく、地域に暮らす青少年を対象に、このプログラムを作ろうとしています。
「ほんまにそうやね。やった人を平手打ちしたって、お互いに心の平和は無いもんね。勝ち負けで終わってしまう。
そのユリの花は、命を捧げてアイーシャにそのこと、教えてくれたんやね。ほんなら花に感謝やねえ。
それにアイーシャもうすぐ誕生日やろ?その花が咲いたってことが、少し早いプレゼントかもね。ちぎられちゃったとしてもさ~」
と私が言うと、アイーシャがアハハハ、と電話の向こうで笑ってくれました。
「ユリは許しの象徴だからね。」としみじみ言うアイーシャ。
「ゆるす」ということは、特別なことみたいに感じますね。
本当は日常の中で、しょっちゅう、「ゆるし」の選択の機会があると思います。
小さなことこそ、意識してみると、自分の心にとって、大発見になるのかも。
「ゆるすということ」を、アイーシャから聞くようになっていた日なのかな、なんて思ったりしていたら、朝11時半になったので、私も久々にジャンベを叩きました。
皆様、良い週末をお過ごしください。
おかえりなさい。
今夜の晩御飯は、カレイの煮付けと息子作の初チャーハン。シイタケの軸がたくさんあったので、それを裂いたのと、キャベツ、若布のふりかけと、ゆかりを入れた不思議チャーハンです。野菜が少ないので、季節のナバナで一品を作りました。

ゆでただけ?みたいに見えるけど、実は、そうでもないのです。
フライパンに少しだけのお湯を沸かして、そこに菜の花を入れ、塩をひとふり。
ふたをして2分ほど弱火で蒸し煮したあと、
オリーブオイルを大さじ1ほどまわしかけ、コリアンダーの粉末をひとつまみ、ぱらぱらとふりかけ、再びふたをして、1分ほど煮ます。
できあがり。めちゃ簡単。この時期の野菜って、どこかに、ほんの少しの苦味が潜んでいます。ナバナの茎の下の方は、微かな苦味があります。もしナバナを見つけたら、花の部分から茎の部分まで、食べ比べてみてください。一本の植物でも上から下でぜんぜん味が違います。
今日は、黄色くてかわいくて、プチプチした歯ごたえの、ナバナのお花をかみ締めながら、ふと思いました。
「花の時期は短いんや」と。
恋愛が始まって「好き」「愛してる」って言えてる間はとても幸せで嬉しい。
「好き」という響きだけで、力がわいてくる気がする
この言葉は素敵ですね 生クリームやフルーツたっぷりのふわふわのケーキみたい
すっごく疲れてる時は、甘いものが少しあると「ほっとする」。
だけど毎日まいにち、朝ご飯が生クリームのケーキだと、ほっとするかなあ。
私は、ごま塩かけたご飯と、油揚げと若布の味噌汁と、美味しいたくあんのほうが、ほっとするかも。
好き、愛してるという言葉は 嬉しさ、わくわくをくれる
日々の何気ないことへの「ありがとう」という言葉は、
言うほうも言われるほうも、慣れるまでは照れくさいかもしれないけど、実際は、嬉しくてほっとするのでは。
「ありがとう」と「ごめんなさい」
この言葉を言うことを、忘れてしまうと、特に他人同士の関係は、水に植えた植物のように乾いていくような気がします。
ありがとう、ごめんなさいを言わなくなった関係でも
「好き」「愛してる」は、むしろ言いやすい場面すらあります。
今日、親友と話してて、ふと思ったんです
「好き」「愛してる」は、場合によっては
仕事の合間にさす、目薬みたいなモンかもしれんなと。突発的で一時的な刺激はあるけど持続しない。
地味かもしれないけど、「ありがとう」「ごめんなさい」は、冷え切った体に流し込む、トロりとした、おかゆの甘みみたいな安堵感、そんな愛と許しの瞬間をくれる場合もあるかもしれないな、と。
仕込み中にふと感じた「つぶやき」でした。
今日は20名さまほどのパーティー料理です。では、良い週末を![]()
***********************
お知らせ
月・遊びの宵 ~新月の集い・牡羊座~
食とアートを通して感じる、月と女性性をテーマにしたワークショップです。「新月」は新たなことを始めたり、願い事を実現するために必要なエネルギーを与えてくれます。
3月の新月は牡羊座にあります。牡羊座は12星座、最初に位置するスタートの星座です。
まさに「始まり」がテーマの星座です。新たな事へ向かう恐れや不安を取り除き、勇気を持って自分を主張し、自分らしくあるために必要なエネルギーをサポートしてもらいましょう。
アートワークでは、自分に自信を持ってこの1年を進んでいけるよう、未来へ向かうマップを作ります。
※絵を描いたり、アートが苦手という方も安心してご参加ください。楽しみながらご自分自身を感じていただけます。
開催日:2009年 3月 27日 (金) 18時30分 ~ 21時30分 (夕食付き)
会 場:神戸市 JR元町駅東出口から南へ徒歩3分 (お申し込みの方に地図をお送りいたします)
ファシリテーター:アートセラピスト 森 すみれ/フードアーティスト 谷 裕子(toni)
くわしくはこちらへ
お申し込み先: アーツ・コミュニケーション・ラボ
658-0072 神戸市東灘区岡本1-5-5-503
Tel&Fax:078-411-3923 Email:mori@a-c-lab.com
URL:http://a-c-lab.com
****************************************
おかえりなさい
もうすぐおひな祭りですね。
おひなさま、大好きです。子どもの頃、家に飾っていたお雛様は二段で、ガラスケースに入っていました。ままごと好きの私が気に入っていたのは、「三人官女」のうち、どこかに座ってる誰か(位置とか覚えてないし!)が持ってた「急須?」みたいなのと、小さな台に乗っかった杯。あれがすごく好きでした。
あれに白酒を入れて飲んでみたい~!!と、この時期になってお雛様が家に飾られると、三人官女の誰かになったつもりで空想の世界に入ってました。で、その「杯」が銀紙を貼り付けた紙製だったのに、幼い私は、本当にその杯にお水を一滴入れて、杯がふやけてしまって、親にすごい怒られました(笑)。
ひな祭り、というと、小学校の時の給食で出てきた「菱形の三色ゼリー」と、「ふやけた杯」を真っ先に思い出すんです。妙な記憶ですねえ。
久々の休日は、朝からなぜかお料理モード。昨日からシュークリームが作りたくて、朝になるのが待ち遠しい。小学生の時に初めて作ったシュークリーム。初めてなのに大成功でした。オーブンのガラス扉の向こうで、「ぷっくぅ~ん」とふくれたシュー生地を見た時の嬉しさは、初めてのあの時も、今も同じ。オーブンの前で踊りだすほど嬉しい。
お菓子職人の見習い時代を含めたら、おそらく1万個以上は焼いているかも。
そして今日は、10年前にアメリカで作った時に、めちゃくちゃ大失敗して以来、作ってなかったベーグルに再挑戦!!くるみとレーズンを入れてみました。できるかなあ・・・
生地の発酵の合間に、身欠きにしんと冬瓜の煮物と、高野豆腐をつくり、お茶を飲んで、好きな音楽をかけて、一人のキッチンで踊ってます。
私にとっては、料理が趣味で、仕事で、息抜きで、セラピーで、創作の時間で、対話の時間です。
そして踊ることも、大好きです。若い頃から、レストランの厨房に居た頃も、開店前後に一人で仕込みしてる時は特に、音楽をガンガンにかけて踊りながら作ってました。同じようなノリの人だと、(日本では滅多に居ませんでしたが)、一緒になって踊ってました。楽しいですよ。
踊りながら、お料理番組の先生になったつもりでレシピ説明をしたり、
英語で作り方を説明すれば、英語の通訳の練習にもなるしね。私にとって、料理の時間は、無限の可能性を秘めた「自習時間」みたいなものです。
何をしてもOKだし、何をしても楽しい。ただし、両手がふさがっているから、できることは限定されるけど。もし、大好きな人が、傍にいれば、時々チューしたり、体をくっつけて踊りたいねえ。そしたらお料理がもっともっと美味しくなるよぉ。
料理している時間、それは大切なセルフケアです。食材に癒される、火に力をもらう。そんな感じ。
料理してると、いつの間にかストレス発散できていた、なんて話も、時々聞きます。
食材って、すごい力を持っていると思います。ちゃんと、触れあってる人間と、言葉なしで、通い合ってくれてると思う。
見た目が美しいお料理が出来上がったら、作った人も、「やった!きれいだ」と思うんじゃない?
それを食べた人も、喜ぶ。食べ物も喜ぶ。その時間も、喜びの時間になる。素敵だよね。
お料理だけじゃなく、音楽とか、詩とか、はたまた発明とか開発でも運動会の種目でも、何でも。喜びを誘い出すものは、そこに、魔法があるんじゃないかな。
で、出来上がった 「10年越しのリベンジ・ベーグル」は??
手前がシューで、後ろの「なんかの塊」みたいなの(笑)が、ベーグ・・・る??

・・・おかしいなあ。ちゃんとドーナツ形にしたはずなのに。焼きあがったら、えらい形になりましたわ!あはははは。10年前のベーグルは、噛み切れないくらい硬かったけど、今回のは美味しかったよ!!