井上ウィマラのともにいのちを耀かせる瞑想とスピリチュアルケア

2006年12月

3種類の智慧

仏教瞑想では、智慧を3つのタイプに分けてとらえます

ひとつは、聞くことによる智慧(Suta-maya Nyana)
 物事のあり方や、心の持ち方、修行の進め方など
他者から聞いたり教えてもらって得た智慧のことです
情報化社会に生きる私たちは、インターネットや雑誌や書籍、テレビやラジオや講演会
イベントやワークショップなどを通して多くの情報を得ることができます

二つ目は、考えることによる智慧(Cinta-maya Nyana)
 得た情報について、自分の力で整理し、想像力を駆使して考え
さまざまな組み合わせの可能性を試し理論化しながら獲得してゆく
思考力による智慧です

三つ目は、修行による智慧(Bhavana-maya Nyana)
 実際に瞑想修行をして、あるいは日常の生活の中で実践してみて
体験的に獲得してゆく智慧のことです
あらゆることが無常であり無我であると頭の中ではわかっていても
日常生活の中で思い通りにならない現実に出会ったとき
そのときに湧き上がってくる不満や、不安や、イライラや、怒りなどをどのように見つめ
味わい、それらの感情的なエネルギーとどのように付き合い、使い
手放して行くかを通して
実際にものごとの無常や無我を体験的に理解し納得してゆくことができます
 ものごとが思い通りにいかなからこそ、助かることもあるのです
思い通りにいったひとときの有頂天のために、足元をすくわれることもあります
 思い通りにいっているときにも、思い通りに進まないときにも
無常であること無我であることを思い出して、自分の感情を大切に受けとめつつ
心を開いて、謙虚に、あきらめずに、試行錯誤を進めてゆける開かれた生き方の中に
体験的な智慧が獲得され、育まれてゆきます

 仏教瞑想で言う3つの智慧は
座禅などの特別な枠の中での瞑想修行に限られたものではなく
日常生活における行住坐臥のすべての中に生きてゆかれるべきものなのです

(パーリ経典のなかでブッダが説く無我とは
我があるかないかについての議論ではありません
私たちの存在が我の思い通りになるものか否かについての議論です
無我とは
我の思い通りにならない生老病死の現実的な苦しみを理解し、受容して
思い通りにならない現実を苦しみにしてしまう原因である衝動的な渇愛を見つめ
味わい尽くし
手放すことのできる智慧によって
思い通りにならない現実の中で
試行錯誤に心を開いて自在に生きてゆくしなやかさを開いてゆくことなのです
そのような心の静けさを涅槃と呼びます)


修行の3つのステップ

仏教では、戒・定・慧という3つのステップを踏んで
修行を進めます
これを3学とも呼びます

戒(Sila)とは、もともと生活習慣を意味する言葉です
自分の生活習慣を自覚し、
社会と調和して後悔が少なくなるような生活規範を身につけることを指します

一般的には
1.いのちを大切にすること
2.人のものを盗らないこと
3.性的関係において相手を尊重し大切にすること
4.嘘をつかないこと
5.依存や嗜癖のもとになる酒や麻薬などから離れること
がガイドラインとなります

戒の根本的意義は
心の安定を妨げる後悔を少なくする生活習慣を身につけることであり
これは自我の力を育む土台になります

定(Samadhi)とは、心の集中力や安定力を養うことです
瞑想で、ひとつの対象に繰り返し注意を向ける訓練をすることは
心を集中させ、安定させるための定の基本です
三昧とも音写されて呼ばれます

喜びや、リラックスや、忘我恍惚的な一体感を与えます
何かに没頭しているときには自然に集中しています
周囲のことが気にならず、時間を忘れます
瞑想では、呼吸やマントラなど、何かひとつの対象に
繰り返し注意を向け、集中力を養います

三昧によって集中し安定した心には
神通力と呼ばれる超能力的な働きを生み出す作用もありますが
これは直接悟りにはつながりません

悟りは、定によって得られた心の安定した集中力の土台の上に育まれた
智慧によってのみ得られます

慧(Pannya)とは、智慧の働き、洞察力のことです
真実をありのままに知ることです
般若と音写されて呼ばれているものです

仏教では
無常: ものごとは常に移り変わっていること
無我: 移り変わるものごとを自我の思い通りには支配できないこと
苦:   思い通りにならない現実は、自我にとって苦しみに映ること
の3つを究極的な真実であるとします

この3つの真実をありのままに洞察したとき
自我は囚われから解放され
しなやかや強さを獲得して
無常であり、無我であり、苦でである現象世界の中で
苦しみを受容し、乗り越えて
安らかな心で
ひとつひとつ目の前の現実に向かい合い
試行錯誤を続けながら
自在に生きてゆくことができるようになります

それが仏教で説かれる苦しみからの解脱であり、自由であり
本当の自分に出会って生きる道なのです

仏教瞑想はそのための心身の総合的なトレーニングツールなのです

東京自由大学

東京自由大学で鎌田東二さんがコーディネーターをしている
“21世紀世界地図”という講座で
12月9日 午後2時から5時まで
「現代のスピリチュアル・ケアを考える」というテーマの講演をします
1時間半ほどの講演の後で、鎌田さんのコメントをいただき、自由にディスカッションをします

講座の後で、忘年会としてオープンカフェがあるのだそうです
そこで、神道ソングライターの鎌田さんと仏教ソングライターの私が歌います

問い合わせ、申し込みは東京自由大学のURL
http://homepage2.nifty.com/jiyudaigaku/
にお願いします

仏教ルネサンス塾

東京の青松寺にて上田紀行さんが塾長をしている仏教ルネサンス塾で
12月10日の午後2時から6時まで
「スピリチュアルケアと仏教の未来」というタイトルで講演をします
2時間ほどの講演の後で、塾長の上田さんとの対談があります
私も上田さんとの対談が楽しみです
お経を歌にした仏教ソングもいくつか披露したいと思います

問い合わせ、お申し込み先は青松寺仏教ルネサンス塾のURL
http://www5.ocn.ne.jp/~seishoji/runenew.html
にお願いします

お母さんのためのスピリチュアルワーク

自然育児友の会が主催する“スロー・マザー・ギャザリング”でワークショップをします。

12月16日午前10時から12時まで
場所は、“藤野芸術の家”です

問い合わせ、申し込みは自然育児友の会のURLにどうぞ
http://mothering.jp/gathering/

ちなみに、その日の夕方からのチルカフェで自作の歌を歌う予定で~す

スピリチュアルケアとは

スピリチュアルケアが注目されるようになったのは
ホスピス運動の流れの中のことでした

末期がんなどの身体的な痛みが緩和されたときに
それゆえに浮上してくる存在の深い苦しみがあります
それらは、なんで生まれてきたのか?
死んだらどこに行くのか?
死に対する不安
罪悪感
などの形で表現されてくるものです

自然に死を迎えるような場合でも
死の2週間くらい前に、身の置き所のないだるさやイライラを体験することもあります

それらの苦しみはスピリチュアルペインと呼ばれ
この存在の根幹に関わる深い痛みに寄り添いながら
本人がより安心して最後のときを迎えることができるようにお世話する支援を
スピリチュアルケアと呼ぶようになりました

大切な人を亡くした遺族の悲しみに寄り添うのも大切なスピリチュアルケアの一部です

そもそも、このようなケアは宗教者がになっていた部分があったのですが
既成の宗教が持つ超越的あるいは権威的な姿勢は
えてして、本人の本当の気持ちをないがしろにしてしまうことが少なくありません

そこで、宗教者であるかないかを問わず
どのような宗教を信じる人に対しても
その人のそのときの本当の気持ちを大切にして寄り添うことができるような
ケアのあり方を実現することができるように
特定の宗教にこだわらないスピリチュアルケアが大切だということがわかってきました

こうして、死の看取りや喪失の痛みに寄り添っていると
スピリチュアルケアの現場ではいくつかの大切なテーマがあることが感じ取られます
それらは
1.人生の意味を見出すこと
2.自分を許し、他人を許すこと
3.お世話になった人に「ありがとう」を言うこと
4.大切な人に「大好きだよ」を伝えること
5.さよならを告げること
です

考えてみると、これらのテーマは人生の最後だけではなく
子供を育てるときにも、さらには人生全体で重要なテーマであることに気がつきます
自分の死に直面することも
人の死を看取ることも
子どもを産んだり育てたりすることも
私たちはそれまでに体験したことのない状況に向かい合い
自己存在を根底から揺るがされるような不安を経験します

スピリチュアルケアは
そうした人生の危機の渦中にある人に対して
共感と傾聴をベースにして寄り添いながら
ケアされる人もケアする人も
ともにいのちの光を耀かせることができるような流れを促進するいのちの営みです

それは
身体のケアにも
心のケアにも
社会的なケアにも
子育てにも
保育にも
教育にも
あるいは職場のなかでも
あらゆる対人援助の中で
ケアする人の深い思いやりがその人の姿勢や態度から漏れ出てくるものです

スキルではなく、そのスキルをどのように使うかというメタスキル的なところがあります

これまでの知識や体験ではどう対応してよいかわからないような状況において
どのように試行錯誤できるかの姿勢から漏れ出すものです

そのようなスピリチュアルケアがあると
人生の危機は成長の機会へと変容します

でも、スピリチュアルケアワーカーは
成長だとか変容という概念にこだわることなく
目の前の出来事に誠実に対応してゆくだけです

今ここの出来事に心を開くこと
そこで、スピリチュアルケアと瞑想が出会います

新刊です

『人生で大切な5つの仕事: スピリチュアルケアと仏教の未来』
(春秋社)

ターミナルケアだけではなく、子育て支援を含めて、人生のあらゆる場面に応用可能なスピリチュアルケアについて、仏教瞑想と心理療法をベースに書きました。

人生の危機を成長へのチャンスに変える
共感と傾聴に基づいて、ともにいのちの光を耀かせるスピリチュアルケア

瞑想会のお知らせ

ヴィパッサナー瞑想会

日時: 毎週水曜日 午後5時から7時まで (12月は20日まで、1月は17日)
場所: 高野山大学 202号教室
内容: パーリ語による読経、坐る瞑想、歩く瞑想、坐る瞑想、質疑応答、功徳の回向

問合せ先: 高野山大学: 0736-56-2921
        E-mail: vimalajp@yahoo.co.jp

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