井上ウィマラのともにいのちを耀かせる瞑想とスピリチュアルケア

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石楠花

高野山の石楠花も雨にぬれて美しい盛りを過ぎようとしています。

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金剛三昧院は、北条政子が夫源頼朝の菩提のために建立したお寺です。

国宝の多宝塔や
ご本尊として祀られている頼朝公の持仏であった愛染明王などが有名です。

GW中など、たくさんの人が美しく咲き誇る石楠花を見に来ます。

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まだ人気の少ない朝の早いうちに訪れて
もう枯れてしまったものからまだこれから咲く蕾など
この花たちの中には生老病死のすべてがあることを見つめながら
高野山の歴史を感じるひと時です。

残念! 入賞ならず・・・

11月27日、ゆうぽうとホールで行われた仏教音楽祭の公開演奏審査会で
「らくだの歌」を歌いました。

途中から手拍子が湧き起こって、
審査前にも会場からあたたかい声をかけていただいたので
もしかしたら・・・と期待していたのですが
残念ながら入賞はできませんでした。

私以外は、作詞も作曲も歌もプロばかりで
他の人のリハーサルに聞き惚れて、涙がほろリ・・・
こんなすばらしい人たちの中で歌える自分がとっても幸せに思えました。

楽屋体験も初めてで
いろんな人とお話できて勉強になりました。

本番前は、それぞれの集中の仕方があるようで
体育会系で身体を動かしながらステージ裏で準備している自分のことが
あらためてなるほど・・・と、よくわかり、これも学びになりました。

両親や親族も来てくれて
そして、夏休みに親子合宿をした育児の会の子どもたちも来てくれて
花束をもらったりして
本当に嬉しい体験でした。

本当は、あの子達と一緒にステージの上でトロフィーを貰いたい自分がいましたが
それはまたのお楽しみ、もしかしたら来世の夢ということにいたしましょう。

高野山の紅葉

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寒さがますにつれて、高野山の紅葉も深まってきました
光が差し込むと、色の鮮やかさが驚くほどに変化します

一瞬の光の芸術を求めて
三脚を構えている観光客も少なくありません。

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いつものお決まりの散歩道で
紅葉を探しながら
新しい高野山の横顔に出会いなおすことがあります。

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紅葉にのめりこんでシャッターを切って
いつもの自分に戻って道を歩きながら
人間は不思議な動物だなぁっておもいました

愛情のしるし

神様がくれたひと時

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 私は今、高野山に単身赴任の状態で、助産師をしている妻は山梨で自宅出産の仕事を手がけている。その妻が久しぶりに高野山に来てくれて、1週間ほど紅葉を楽しみながら、主婦業をしてくれた。

いつもは、大学から帰って一人で食事を作り、食べ、片付けるのが日課なのだが、帰ると食事が用意されているというのは、とても嬉しいものだ。

今年の夏、私が庭に植えたサツマイモが実をつけた。収穫しておいたもので、妻がスイートポテトを作ってくれた。私は紅茶を入れて、ふたりでティータイムをしたときのこと。彼女が、「あっ、見て!」と気づいたのが、この写真(ティカップの底にハートの形が見えます)。

これまで、なんども喧嘩したり仲直りしたり、波乱万丈で大変だったけど、こうしてホッとしたとき、神様はふたりに大切なことの徴を見せてくれたのかもしれない。

私の祭壇 その2

太陽のマスク
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このマスクは、私の結婚披露宴の記念に、バンクーバーに住む弟が贈ってくれたネイティブの作品だ。

以前トロントで瞑想を教えていた頃、心理療法とシャーマニズムの研究会に参加していて、ネイティブのメディスンマンを招いたワークショップに出たことがあった。そのとき、彼は私に向かって「われわれの道はたびたび重なるだろう」ということを言った。

その時には何を言われているのかわからなかったけれど、このマスクを見たとき、自分の中で何か腑に落ちるものがあった。

今は高野山でスピリチュアルケアを教えているのだが
ここの真言密教では大日如来を根本にすえている。

私もお大師さんを偲んで、野山を歩いて朝日や夕日を拝むことが少なくない。

私の場合には、自然を楽しむという意趣なのだが
朝日や夕日に合わせて
テーラワーダ仏教で学んだ孔雀経を唱えている自分がいたりして不思議だ。

ブッダは、悟りを開く前の前世で孔雀として生まれ
朝夕に太陽を礼拝しながら仏陀として悟りを開くための波羅蜜の行を積んでいたという。

以前は太陽崇拝だと見下していたようなときもあったが
いろんな旅の中で自然に朝日や夕日の美しさに手を合わせ
大自然の中で生かされているいのちの素晴らしさやありがたさに
素直に感謝できるようになった自分がいる。

弟がくれた太陽のマスク
これからも折に触れて、いろいろな思い出をつなげる役割を果たしてくれるのだろう。

宝物

徳島で自然体験学校TOECを運営する親友の伊勢達郎さんのところで
これまた親友の橋本久邦彦さんと3人で
「平和と元気につなげる環境教育セミナー:
   生まれてきてよかったと思えるために」
をやってきました。

私は2日目の瞑想を担当しました。

初日に橋本さんがリードしてくれたプレイバックシアターの流れを受けて

世代間伝達する魂の絡み合いを読み解くコンステレーションの視点

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ありのままの自然な呼吸を感じること

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いくつかの違ったアプローチから
瞑想を一緒に体験していただきました

人生を共に探求する仲間たち
それこそが私の宝物なんだなぁって
しみじみと嬉しく思った週末でした

私の祭壇 その1

聖母子との出会い

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もう十何年も前のことになるが、カナダで瞑想を教えていた頃のこと。宗教間交流会議で知り合ったロルフ神父に紹介されて、モントリオール郊外のオカにあるテラピスト修道院で瞑想したことがあった。

 ある朝、マリア像の前で祈っていると、こんなビジョンが浮かんできた。

「あなたにこの子を授けます。この子は、この世界を光で照らすでしょう。しかし、光で照らされたとき、多くの人々は、自分の影を見て恐れおののき、互いを指差しながらお互いを非難しはじめることでしょう。イエスが十字架の上で私たちに示されたのは、この事実なのです。私がこの子を授けるのは、あなたに新しい世界の子供たちを育んでほしいからです。それは、真実の光に照らされたとき、自分の影を見て、それを自分自身を知るため、お互いをよりよく知り合うために使うことのできるようにすることです。そのために、私はあなたにこの子を授けます」

 3日間の瞑想が終わって、迎えに来たロルフ神父に私はこのビジョンについて語った。彼は私をある修道学校に連れて行って、あるシスターに紹介してくれた。彼女は、私がそのビジョンを受け取ったときの気持ちや感情、その後の様子について質問した。いろんなことを話して部屋を辞そうとするとき、彼女は自分の机の上においてあるものから何でも好きなものをもっていきなさいと勧めてくれた。そのとき私が選んだのが、このタブローである。

 仏教徒でありながら仏像にあまり関心がもてない私だが、なぜかこの聖母子のタブローは好きになってしまって、それ以来ずっとどこに移る時にも持ち歩いている。息子が生まれたときには、ベビーベットに貼り付けておいた。その母子と離れてしまって、私はこの絵の背景に見える2本の手のように、彼らを遠くから見守り祈るしかない。

 今では、高野山のささやかな祭壇に置かれているこの絵、私が遠い昔キリスト教の修道をしていたのかもしれないこと、母子関係の大切さをスピリチュアリティの中に位置づけること、そして、ロルフやシスターのようにいろいろな仲間に支えられながら修行してきたのだということを思い出させてくれる。


来訪者

蟷螂

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 私はアウトドアが大好きで、大学の宿舎でも、よく庭に椅子とテーブルを出して食事をする。

今朝も暁と雲海を見て帰ってきた後、今年ためしに庭に植えたトマトとバジルで“トマト丼”を作って食べようとしていた。

 すると、いつもはテーブル代わりに使う腰掛に蟷螂がとまっていた。

腰掛は使わずにそっとしておいた。

丼を食べ終わっても、蟷螂はそこにいた。そこで思いついて丼を蟷螂の隣において取ったのがこの写真というわけだ。

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 蟷螂くん、こちらの気配を察して目をギョロッとこちらに向けはするが、逃げようとはしない。

私もだんだんと興味が出てきて、ぐるっと廻って、同じ視線からもう一枚パチリ。


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 正面から向かい合うと、少し恐いくらいに落ち着き払って見つめてくる。

そういえば、この蟷螂くん、夕べの晩にミントの林にいたのを見かけた覚えがある。

よく見ると、色はだいぶ灰色の部分が出てきていて、動きもちょっと鈍い。

 雨が続いた後で、あったかい陽だまりで身体を休めて、もしかしたら今日が最後の日になるのかもしれないなぁ・・・などと想像する。

すると、「これまでがんばって生きてきたんだよね。ご苦労さん。気がすむまでゆっくりしていってね・・・」などと声をかけている自分がいる。職業根性か・・・

 食器を洗って一休みしてから、そっとのぞいてみると、蟷螂くんはもういなかった。

雲海

息づく色彩

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高野山から天河神社に向かう途中、野迫川村あたりに雲海の名所がある。朝焼けの色彩変化は息を呑むほどで、足下に雲が湧き上がってくるのはゾクッとするほどに畏怖の念を起こさせる。

 弘法大師空海は、役の行者の弟子たちに導かれながら吉野から大峰山脈、天河、そして高野のあたりを山林徒走して修行に励んでいたに違いない。空海が高野山を修禅の地として選んだ理由の一つは、近くにこのような色彩体験ができる場所があったこともあるのだろう。

 自然のパノラマの中でこうして刻一刻と変化する色彩体験をしていると、大自然の美しさの中で小さな自分を忘れて生かされているいのちへの感動と感謝が新たになる。特に現代では、こうした素晴らしい自然体験を楽しめることは貴重なことであり、スピリチュアルといわれる領域に触れる大切な手がかりになるのではないかと思う。

修行者

東京への行き帰りに使う新大阪駅近くのホテルがあります。先日も大学での講義を終えてから翌日の東京での共同研究に間に合うようにそのホテルに一泊しました。翌朝のことです。朝食をとり、チェックアウトを済ませて駅に向かうシャトルバスに乗り込み、窓から何気なく外を見ていたとき、玄関前の灰皿を掃除している人の姿が目に入りました。年のころは60台半ば、おそらく退職後の第二の人生で、アルバイトとしてホテルで働いているのかもしれません。膝をついてテキパキと働いているその姿に、私は禅寺で作務をしている修行僧の姿が重なってしまいました。「いろんなところに修行僧はいるんだなぁ・・」、そう思うとなんとなく胸が熱くなりました。いまどき、お寺よりも、こうして巷間で人知れず修行を積み重ねている人が少なくないのだと思います。インドの四住期に従えば林住期や遊行期をどのように生きるかは、現代の日本社会が抱える高齢期の問題を左右する大きなテーマなのかもしれません。どのように老いてゆくか、老いてゆく人に寄り添うか、どのように死んでゆくか、その死を看取ってゆくか、修行は時と場所を選ばないのだと思いました。

室戸岬

最近の大学教員は高校訪問ということをします。少子化で学生数が減って来たために、ひとりでも多くの学生に来てもらうために高校に出向いて大学や学課の説明をするのです。スピリチュアルケアという新しい学課の説明のために、私も徳島県の南側の高校数校を巡ることになりました。
 最後の高校が高知県との県境であったので、金曜日の訪問の仕事を終えた後の週末を私は室戸岬を訪れてみることにしました。室戸岬はお大師さんが求聞持法の修行をして、明けの明星を見てその光が自分の中に飛び込んでくるような体験をして悟りを得たとされるところです。
 室戸岬は、岬の西側では夕日が見られ、東側では朝日が見られ、少しの距離を歩くだけで美しい朝日と夕日がみられる場所です。その晩は宵の口から大雨が降ったのですが、雨が止んで夜中にさっと星空が開けました。私は1時過ぎから宿を抜け出して、まずは御厨人窟で蝋燭をともして読経してから、夜が白むまで星空を眺めながら海岸を歩き、ところどころで瞑想しました。
 水平線の雲海から朝日がでるのを海岸で見ると、すぐに洞窟の中に入って朝日が差し込んでくる様子を確かめました。昇ったばかりの朝日が洞窟に差し込んでくる様子は、それは美しい光景です。私は、差し込んでくる朝日の中に立って、自分の影が洞窟の奥面に映るのを見つめました。プラトンの、洞窟のイドラの話を思い出しました。何年か前のこと、伊豆の竜宮堂という洞窟でも冬至の日に同じような光の体験をしました。その時には洞窟から泳いで外に出て朝日を浴びました。
 空海は、行当不動の洞窟で夕日を眺め瞑想し、夜中に歩いて移動して御厨人堂で朝を向かえ朝日の体験に瞑想を深めたのではないかと思われます。「明星来影す」という神秘体験は、そうした修行を重ねた末に起こったのではないかと思われました。
 若き日に役の行者の弟子たちと共に大峰の山々を歩き、室戸の岬を歩きながら宗教的神秘体験を深めた空海は、やがて大峰と室戸の中間にある高原湿地の高野山に修禅の道場を開きます。
 高校訪問という仕事に導かれてお大師さんの足跡をしのんだ週末でした。

スピリチュアルケアとしての能

 先日、天川神社で能の奉納上演を見ました。鼓や地歌のかもし出す雰囲気は、見ている側を含めて全体に一種のトランス状態を作り出すのだなぁという感じを受けました。全体をファシリテートするように鼓を打つ者の目は、宙を見てどこにも焦点を合わせていないようです。よく見てみると、舞台にいる人たちはみんなそんな眼をしています。つまり、この世を見ているのではないのでしょう。
 こうした変性意識状態のような空間で、さまざまな悲しみや恨みや苦しみの物語が語られてゆきます。それは、まさにグリーフワーク(悲嘆の仕事)そのものです。すべてのものを透明にして通り抜けさせてしまうようなトランスの器の中でゆっくりじっくりと表現された悲しみや恨みや痛みは、スピリチュアルな次元でしっかりと受けとめられて、許しや鎮魂につながってゆくのではないかと感じました。
 能とは、乱世の共同体の中でそんなスピリチュアルなケアをすべく企画された芸能ではないか、世阿弥の言う花には、そんなスピリチュアルケアを実現させてしまう力が秘められているのかもしれないと思いました。

ウツの風景

年末年始は、ちょっとウツモードで流れてゆきました
昨年は新しい学科の立ち上げに関連して
思いもかけないような荒波をかぶったり
思いもかけないところから助け舟が出たり
そんなこんなでだいぶ疲れていたのだと思います

そういえば、還俗して日本に帰ってきた8年前の年末年始にも
それから、子どもと離れて暮らすことになった3年前の年末年始にも
似たようなウツっぽい時間が流れたことがありました
カルチャーショックや離別の悲しみによるものでした
寝込んでしまうくらい辛かったそのときに比べれば、だいぶ軽かったのですが
それでもやはり、ウツはウツのもつ独特な季節の雰囲気があります

いろんなことを思い出して
あんなことをしてしまった、こうできたらよかったのに、こうなったらどうしよう・・・
そんな思いが頭に浮かんできては巡ってゆくのを見つめながら
思いを思いとして見つめて
自分を責める気持ちや不安を確認しながら
たくさん涙を流して
自分の気持ちを正直に話して
ゆっくりと、ゆっくりと、元気が戻ってくるのを待っていました

後悔、懺悔、反省、ふりかえり
そんなグラデーションを体験していたような気もします

ウツは
これまでの自分を手放して
新しい自分が生まれるための準備の季節なのかもしれません

5日になって、やっとスキーに出かけることができたとき
自然の雄大さに抱かれて
富士山や、北岳や、八ヶ岳など
こんな素晴らしい山々にずっと見守られて育ってきたのだなぁと思い
北アルプスや御嶽山などを眺めながら
日本の臍みたいなところで滑っているんだなぁと思ったら
なんだかまた涙がこみ上げてきました
山も空も海も、自然はいいなぁ・・・と

レストハウスで子どもたちや若い家族たちの様子を眺めたり話したりしながら
新しい世代を育てるためのスピリチュアルケアを作ろう
そんな思いが浮かんできて、また涙
この仕事は、やっぱり自分のためでもあるのだと思います

そして大学に戻ってみると
変革の嵐の荒波は相変わらずですが
きちんと逃げずに向き合ってきた手ごたえはそれなりに生まれてきていて
久しぶりにギターを手にとってみると
かすれて出なかった声も出るようになってきて
ウツの風景を見つめながらその季節を大切に過ごせてよかったなぁと
しみじみと思っている今日この頃です

生と死を見つめる

瞑想は、山奥の洞窟や寺院などにこもらなければできないというものではない
毎日の生活を丁寧に生きることが大切だ

私は、日本の曹洞宗とビルマのテーラワーダ仏教で十数年間の出家修行を体験した後で
還俗して一般生活の中で瞑想のエッセンスを応用しようと試みている

独身で瞑想や経典の研究に集中できた期間は確かに貴重であり
私に大きな贈り物を与えてくれた

しかし、一般的な生活に戻って
買い物や子育てや仕事をしてゆく中で
隔離された道場の中では体験できない瞑想の醍醐味を味わえているように思う

それは、さまざまなレベルでの人生の生と死とを見届けてゆく作業だ
そうして人生の生老病死をありのままに見つめてゆくと
何かを失って悲しむ力は、新しく出会ういのちをいとおしみはぐくむ力を与えてくれるように思う

そんな今日この頃である

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