井上ウィマラのともにいのちを耀かせる瞑想とスピリチュアルケア

私の祭壇 その1

聖母子との出会い

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もう十何年も前のことになるが、カナダで瞑想を教えていた頃のこと。宗教間交流会議で知り合ったロルフ神父に紹介されて、モントリオール郊外のオカにあるテラピスト修道院で瞑想したことがあった。

 ある朝、マリア像の前で祈っていると、こんなビジョンが浮かんできた。

「あなたにこの子を授けます。この子は、この世界を光で照らすでしょう。しかし、光で照らされたとき、多くの人々は、自分の影を見て恐れおののき、互いを指差しながらお互いを非難しはじめることでしょう。イエスが十字架の上で私たちに示されたのは、この事実なのです。私がこの子を授けるのは、あなたに新しい世界の子供たちを育んでほしいからです。それは、真実の光に照らされたとき、自分の影を見て、それを自分自身を知るため、お互いをよりよく知り合うために使うことのできるようにすることです。そのために、私はあなたにこの子を授けます」

 3日間の瞑想が終わって、迎えに来たロルフ神父に私はこのビジョンについて語った。彼は私をある修道学校に連れて行って、あるシスターに紹介してくれた。彼女は、私がそのビジョンを受け取ったときの気持ちや感情、その後の様子について質問した。いろんなことを話して部屋を辞そうとするとき、彼女は自分の机の上においてあるものから何でも好きなものをもっていきなさいと勧めてくれた。そのとき私が選んだのが、このタブローである。

 仏教徒でありながら仏像にあまり関心がもてない私だが、なぜかこの聖母子のタブローは好きになってしまって、それ以来ずっとどこに移る時にも持ち歩いている。息子が生まれたときには、ベビーベットに貼り付けておいた。その母子と離れてしまって、私はこの絵の背景に見える2本の手のように、彼らを遠くから見守り祈るしかない。

 今では、高野山のささやかな祭壇に置かれているこの絵、私が遠い昔キリスト教の修道をしていたのかもしれないこと、母子関係の大切さをスピリチュアリティの中に位置づけること、そして、ロルフやシスターのようにいろいろな仲間に支えられながら修行してきたのだということを思い出させてくれる。


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コメント

投稿者: まなみん

そうだったのですか・・・

2008年10月05日 06:48

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